第61期王座戦第1局 中村太地六段-羽生善治王座 飛竜迎撃の地対空。
第61期王座戦 【第1局】【第2局】【第3局】【第4局】【第5局】
【挑戦者決定戦】
第61期王座戦は9/4、仙台にて開幕。
通算20期を誇る羽生王座に、2度目のタイトル戦登場となる中村六段が挑戦します。
羽生王座は、保有する棋聖・王位を危なげなく防衛し、
勢いをつけて王座戦防衛に臨みます。
一方、昨年の棋聖戦に続き、羽生王座とタイトルを争う中村六段は
未だ対羽生戦に勝ち星がなく、まずは1勝を挙げることが目標。
そんな第1局は(控室も右往左往の)大熱戦となりました。
振り駒はと金が5枚でて、先手中村六段、後手羽生王座。
王座戦は持ち時間各5時間。対局場は仙台市・仙台ロイヤルパークホテル。
角換わりの出だしから、後手の羽生王座が趣向の一手、△9四歩。
先の王位戦第5局で、後手の行方八段が指した手を、
今度は羽生王座が採用する。
その時は、一手損角換わりとなり、
難解なねじりあいの末に先手勝ち。羽生王位が防衛を果たした。
余談ですが、羽生王座は昨年の王座戦でも
直前の王位戦で藤井九段が採用していた角交換四間飛車を採用し、
(一部で)大騒ぎとなりました。
ともかく、ここは先手が再度方針を問われる場面。
手得とみてそのまま角換わりに進むか、あるいは矢倉を目指すか。
それとも9筋を受けて相手に手を渡すか。
(コメには「試される太地」連打)
先の王位戦、それから本譜では、▲9六歩と受けて後手に手を渡した。
後手としては一手損角換わり、または横歩取りなどが選べるところ。
羽生王座の選択は。
本譜は一手損角換わり。先の王位戦第5局と同じ進行となった。
その時は後手腰掛銀に対し、先手は早繰り銀をみせつつ棒銀に構えた。
ただ、本譜では先手があえて別の道を選ぶ。
後手は腰掛銀。
角換わりは右銀の使い方で作戦が変わる。
正調角換わりでも一手損でも、後手は腰掛銀に構えるのが常道。
(もちろん、例外もあるけれど。)
一方、一手損の先手は、手得を生かして
早繰り銀または棒銀とするのが有力とされている。
が本譜では、先手は右銀を保留。かわりに1筋を突き越し、
3七桂と跳ねて桂馬の「跳び蹴り」(佐藤康光九段)を狙う。
この動きに、後手は△3一玉として「やってこい」と誘い、
先手から▲3五歩と仕掛けた場面が上図。
控室では、先手の攻めに付き合うと、
① 後手の陣形が乱れて角打ちに弱くなる
② それを阻止しようとすると銀桂交換となり後手に駒損が生じる
ため先手がよくなるのでは、と言われていた。
しかし、羽生王座は△3五同歩と先手の仕掛けに応じ、
②の銀桂交換のルートに進む。なるほど、手が進んでみると
この角打ちが切り返しで1九の香が取れる計算。
後手は馬を作ったうえで駒割りは銀と桂香の交換となる。
後手は腰かけていた銀がさばけた形となっているのに対し、
保留した先手の右銀はいまだ自陣に留まっている。
中村六段はこのあたりから連続長考、時間を先に消費する展開。
この後も難解な中盤戦が続くが、気づけば先手の仕掛けをやり過ごした
後手の方が指しやすそうな局面になっている。
が、この玉の早逃げでまた少し景色が変わる。
今度は先手が後手の攻めを誘った形だ。
後手は馬と桂香で攻撃を組み立てるが、自然に進めば
先手の飛車を捕獲できるものの、先手玉は比較的安全となり
かわりに桂香を入手して後手陣への攻めが視界に入る。先手も指せそう。
先手には飛車取りがかかっているが、
自陣にこもっていた右銀を攻防の馬にぶつけて悪くない活用。
控室の副立会人・佐藤康光九段は、一本道のこの先の展開では
「後手自信ないなあ」と発言している。
その一本道の果ての局面で夕食休憩に入る。
駒割りは後手の香得だが、後手は飛車が9筋に閉じ込められている。
控室では後手の飛車を小駒で取る展開になるとみて
先手よしの声が多くなっていたそうだ。
ただ、対局後の感想コメント等を見ると
羽生王座のみならず中村六段にしても
「形勢は思わしくない」とみていたふしがある。
それがためか、中村六段は受けに回る展開を選び、
それが控室の混乱を一段と強める結果となったようだ。
夕休明け、先手は飛車ではなく桂香を狙う。
飛車を逃がしても、駒を補充して
攻防の主戦場となる右辺に投資したい、ということか。
9九香と取れれば、後手の端攻めを大幅に緩和し
自玉も安全になるという読みだったのかもしれない。
これに対し羽生王座はすかさず△9六歩と、
飛車を自由にする歩の進撃、中村六段は▲9八歩打とこれを受けた。
これには控室騒然。
「ええっ! 受けたんですか。歩切れになってしまいますよ。▲8一馬は感心しましたが、太地先生これはいい手なんですか? 先手持ちでしたが、にわかに自信がなくなってきました」(佐藤九段)
歩切れになったため、△1五竜から△1九竜が受けにくくなっている。
(75手目棋譜コメント)
先手歩切れとなったため、中空で行き場のなかった竜に活が入る。
△1九竜まで入れれば、先手の守備のかなめとなっている
4九の金が受けにくい。そしてここから先、終局に至るまで
この4九の地点をどう制し、あるいは守るのかが大きなポイントとなった。
押し込められていた9筋の飛車が復活、五段目の両側に飛竜が構える。
先手は▲4六角で△1九竜とされるのを防いでいるが
もう1枚の飛車が2五→2九と入れば4九の金を狙える。
控室では「大変」「先手自信なし」と評価が再び後手に寄る。
しかし、後述するが、対局後に羽生王座が一番悔やんでいたのは
この辺りだったようだ。
先手は歩がなくて苦しいと思っていたが、それでも予定の進行。
一方、後手は飛車が自由を得て視界が開けたようだったが
苦しくなっていたという。
そして、焦点の局面。
後手は2枚の竜で4九の金を狙い、先手はそれを阻止する攻防。
先手は歩切れのため、9一で取った香を即3九に打ちつけて
竜の肘鉄を防ぐと、次にその香を3三に疾らせて王手をかけつつ銀を入手、
それを▲3八銀と竜にぶつけて守るという、
自転車操業のような指し回しで一見厳しい。
厳しいが、それは後手も同じで、ここで有効な攻めが見えない。
△5六香と勝負したい場面だが、香が動くと8一の馬の利きが通るため
攻め合いになった時に攻防に利く2枚の角を相手にせねばならず、指しづらい。
結果として△3七歩として4九の地点に圧力をかける方針を貫徹したが
これは歩切れの相手に歩を渡す攻め。
先手は歩が入ると底歩が利いて、簡単には崩れない形になる。
後手は△6一角打と、徹底して4九を狙うが
先手は桂で合い駒して徹底防戦。バリケードを築く。
(コメントでウォールタイチって出てましたね)
そしてこの桂が最後に決め手となって現れることになる。
この先、後手は△2六歩打からと金の攻めを狙うが、間に合うかどうか。
一方、それを見た先手は▲6三馬から先攻、寄せを狙う。
ここから約50手の苛烈な終盤戦に突入する。
99手目▲6三馬で残り時間は中村30分、羽生26分。
気が付けば残り時間が逆転。控室も先手よしに何度目かの逆転。
白熱する一方の盤上。
控室は終局間際とみていたが、受けて立つのは羽生王座。
なかなか決め手を与えない。この△4四角は攻防の一手。
先手が少しでも緩手を放てば、先手玉も危機に陥る。
しかし、次手が羽生王座をして「この手が冷静でしたね」と言わしめた金打ち。
△9九角成とされても、この金で角を取ってしまえば
▲7七角で封じられるという。
さらに、ニコ生解説の浦野八段に「ひょへー」と言わせた金頭の飛車。
なんと金頭の飛車。△同金▲同金となれば取られそうな金が助かる。控室で「やばいよ、やばいよ」の声。誰がどうやばいのか、せめて主語をいただきたい。
(129手目棋譜コメント)
もはや控室は何が何やらといった感じに。
受けにやむなく打ったはずの桂までが跳ねて決めにかかる。
熱戦にさわやかな涼風、終戦を思わせる雰囲気に。
そしてこれが投了図。
浦野八段によると、投了図以下、▲2三香成に△同玉は▲2四飛、
△同歩は▲2二飛まで。△3四角で桂をはずせますが、▲同金で受けなし。
また△5九飛の王手は▲8八玉で先手玉に詰みがなく投了もやむなし、だそうです。
後手の趣向に序盤から先手が仕掛けて激しい展開となりましたが
100手を超えても戦いは終わることなく。
その凄まじい盤面を制したのは中村六段でした。
最終盤の段階で、後手にさらに粘る手はあったようですが
その時には羽生王座は時間を先に使う展開となっており、
実際には難しかったようです。
それ以前の段階で言うと、ネット等では、
この△3七歩が疑問だったのではないか、などと言われていました。
が、羽生王座に言わせると、この段階ではもう後手に有効な攻め手がなく
別の手でも形勢がよくなったかというと、先は長い、とのこと。
羽生王座が気にしていたのは、それより前の展開。
先に「両側の飛竜」と紹介した78手目の2手前、
この一見自然な△1五竜が悪手だったといいます。
後手は1九竜と入りたいのだけれど、▲4六角を打たれて防がれる。
よって、9筋の飛車を持ち出して2枚の攻めにしたのだけれど
その飛車を転回するまでに、先手に手を尽くされてしまい
結局4九の地点を制することができずに終わってしまった。
仮に△2五竜として竜1枚で△2九竜と入っていれば
9筋に端攻めを残したままで、
もっと早い攻めをすることができた、とのことです。
ただ、あの瞬間は控室でも
「飛車復活!後手も復活!」的なノリだったので
その時点で「悪い手だった」と思うのは難しかったかもしれません。
ということは、それ以上に中村六段の
あえて飛車を離して右辺での迎撃に誘導する方針が上回っていた、
ということなんでしょう。
中盤でも玉を早逃げして受けて立ったり、
駒がぶつかる場面でもどんどん別の駒をぶつけて行ったりと
粘る手が印象的でした。
そしてあえて飛車2枚を相手にして角2枚で渡り合った。
王座戦挑決トーナメントでは、羽生世代を相手に
粘ったうえで角打ちなどからの攻めでリズムを作り、勝ってきました。
それが羽生王座相手にも出せた1局ということになるのでしょう。
羽生王座に対しても、タイトル戦という意味でも、これが初勝利。
しかし、この勝利はただの1勝にとどまらないかもしれません。