二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第61期王座戦第5局 羽生善治王座-中村太地六段 最後の花火。

第61期王座戦 【第1局】【第2局】【第3局】【第4局】【第5局】
       【挑戦者決定戦】


10/21、第61期王座戦は第5局。
双方2勝2敗1千日手で迎えた決着局です。

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9月から10月にわたって行われた本棋戦ですが
まるで真夏を思わせるような熱戦続きでした。
最後の一瞬まで勝負がわからない混戦に次ぐ混戦。

最終局は、でも勝者と敗者をはっきりと分ち、
静かに、でも余韻を残して、終わっていきました。

季節は違うけど、それは確かに夏だった。
そして、夏が終わる。

第5局は103手で羽生王座が勝ち。王座防衛を果たしました。


棋譜中継】(特設サイト

第5局は再度振り駒で先後決定。先手は羽生王座、後手が中村六段。
対局場は、山梨県甲府市「常磐ホテル」。

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第1局:一手損角換わり、第2局:急戦矢倉、第3局:角換わり相腰掛け銀、
第4局千日手局:横歩取り、指し直し局:一手損角換わり、ときて
第5局は横歩取り。中村六段が後手ならば、横歩だろうと思っていた。

羽生王座、中村六段がともに得意とする戦型で決着をつけにいく。

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横歩取り△8四飛。
後手は時代が一周して最新型となった5二玉型だが、
先手は玉を6八に上がる。6八玉自体は普通にある手なのだが
最近では後手中住まいの直後に6八を決めてしまうことは少ない。

横歩は後手一手得のため、作戦の主導権を後手が握ることが多い。
後手がどのような作戦を採るのか見極めてから
玉を5八か6八に上がるかを決める指し方が増えているためだ。
実際、横歩取りだった第4局千日手局では
▲4八銀を入れてから▲5八玉としていた。

ただ、羽生王座は先日の王将リーグ谷川九段戦(10/18)でも
△5二玉の次にすぐに▲6八玉とに上がっている(先手羽生勝ち)。
何らかの狙いがあるのだろう。

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が、数手後には▲5八玉とする。先手一手損。
ただ、先手は▲5八玉とセットになる4八銀・3八金型なので、
予定の進行である可能性が高い。▲6八玉型を決める場合には、
通常3八銀・4九金型にするのがセオリーだからだ。


早々に▲6八玉をみせて後手に右桂をはねさせ、
第4局のような飛車交換の筋を消した後、▲5八玉として桂から先逃げ。
後手の速攻を防いで先手不満なし、といったところだろうか。

手損はするが、それでも持久戦模様になるので
十分指せる、ということなのだろう。

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先手は中央に飛車を据える。
次に横歩の生命線である右桂の活用を図る▲3六歩を見せている。
飛車を先に動かさないと、▲3六歩とした時に飛車が狭い。

同時に、後手は序盤に速攻の目を残した△7二銀型のため、
5二玉型の基本形「6二銀5一金型」に比べて、玉頭5三の地点の守備が弱いので
そこに圧力をかけようというもの。後手が何もしないと
▲2二歩から2二の地点で角交換、△同金に▲3一角としてこれは先手勝ち。
よって、後手陣に手を入れることを強要しているとも言える。

このため、後手は△6二金と上がって5三の地点に数を足す。
持久戦となることがはっきりしてきた。
手損覚悟で組み合いを求めた先手の主張が通っているようにみえる。

しかし、羽生王座は、感想戦などでこの飛車回りは少し形を決めすぎたか、
と思っていたという。これからさらに駒組を進めると
縦に逃げられる後手の飛車に比べ、先手の飛車は見るからに狭い。
後手は先手の飛車をターゲットにして盛り上げていけばよく
先手よりも方針を立てやすいからだ。

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そして実際、そのような展開になっていく。
駒組から狙いを消し合う展開になったため、
大駒をバシバシ交換し合っての華々しい展開は消えた。

後手は飛車を一段目に引いて持久戦を明示。
先手の飛車が狭いので、手厚く押しつぶしていく展開となれば後手がよさそう。


とはいえ、大駒を目指して盛り上げていく展開は
電王戦第5局の三浦-GPSがそうだったように
包囲網を破れれば、先手が一気に形勢を掴む。形勢は難解。

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盤中段の攻防戦。

駒を手厚く盛り上げる後手の様に、
本局の開催地、山梨の生んだ名棋士で、中村六段の師である
米長邦雄の影をみた、との話も出ていた。

ただ、ここからの数手は「中村太地」の名前が
銘記されたような手だったと思う。強気に攻めを呼び込む。

包囲網を破られたら負けだというのは先述した。
それでも後手から仕掛ける。

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そして、さらに玉頭の歩を突き出す。


私はこの手で心が震えた。
この局がどういう結末を迎えても、この手は忘れないだろう。そう思った。

強気に先手の攻めを催促し、これを「受けて断つ」という覚悟の一手。
羽生王座を相手に斬り合いを求め、そしてそれを突破することを志す。

今シリーズの中村六段は、攻めというよりも
「強気な受け」といういった印象が強い。
もちろん先手の攻めを断ち切れば、後手が残す可能性が高くなる。

しかし、第1局の飛竜迎撃や
第4局の天王山の角切りを促した歩突きもそうだったが
もっと「勝ちやすい」順だってあったはずだ。
だが、それは中村太地の将棋じゃない。
そう言っているような手だった。

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現実的には、△6五歩→△5四歩の順は
先手の攻めを呼び込みすぎていた可能性はある。
夕休直前に放たれた▲9五角という鋭角の攻めが相当厳しい一着だからだ。
浮いた金を捉えて攻めを繋ぐ好手。

この手は、ニコニコのコメントを屋敷九段が拾って評価していた手で
その手をあっさりと羽生王座が指した。中央から外。
広い視線と決断力。やはり急所では最善の手を導き出す。

ただこれを後手は△8二角と受ける。これも味の良い受けで
先手指せそうだが、後手も角の使い方に楽しみが残るといった印象。

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しかし、夕休明けの局面。後手は8筋から飛車と玉頭を睨みに行ったが
図のように▲7五歩で自然に止められてしまうと、
後手の角が途端に働かなくなってしまった。

ニコ生の屋敷九段は、△8四角とせず、
△6四同角▲同飛△6三銀と角を切ってまとめたならば
どうだったか、とみていた。

ただ、後手は△8四角▲7五歩に時間をかけずに△4二玉としたことから
後手はここで局面を落ち着け、玉を右辺で固めようと決めていたようだ。
しかし、羽生王座はその隙を見逃さない。
この瞬間に、先手は左辺に見切りをつけ、右辺の攻めに投資する。
その切り替え、二次攻撃が素晴らしかった。

羽生王座はこのシリーズ、「苦しい将棋が多かった」と振り返ったが
本局は▲9五角以降は完璧。ミスなく後手を圧倒していくことになる。

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右辺の攻防。左辺で後手の角を止めたことで先手玉は安全度が高い。
先手は玉周りの駒を丁寧に狙いつつ、歩で拠点を作っていく。
後手は桂取り+上部への突破口を開く攻防の△2五歩で強く出たが。

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しかし、この瞬間にまた逆、左辺から▲7三銀不成。
この手が決め手級だった。
角取りをかけつつ、飛車のラインが後手陣に突き刺さる。

この瞬間には▲3三銀も生じており、
左右からの強烈な攻めが見えるがこれを同時に受けることはできない。
羽生王座が一気に勝勢となった。

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中村六段も最善手で受けるが、右図▲5三竜が決め手。

この手を見て、中村六段は一度席を立ち、そして△同金直とする。
羽生王座はこの手をみると、やはり席を立った。

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△同金直は寄り筋に入る手。
△同金右ならまだ手は伸びた。しかし、それでも後手に勝ちはない。

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中村六段は覚悟を決めるため席を立ち、
羽生王座は最後に気を落ち着かせるため席を立った。
この対局にふさわしい最後を作るための、それぞれの儀式だった。

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投了図は、飛車と角の焦点への角打ち。
△同角、△同飛は▲4二金まで。△同玉は▲6二金まで。
5二の玉を中心に、先手と後手の駒がぴたりと調和して収束する、美しい投了図。

美しく終わることへの矜持。
それを対局者で作り上げるということ。


静かなる余韻を残し、王座戦全5局が終了。
最後は、羽生王座が見事な将棋で圧倒し、王座を防衛しました。
途中までは、後手も指せると思われていましたが、
風を捉えてからは一気に駆け抜けた、そんな印象に感じました。

横歩取りという将棋というより、包囲と突破という性質上、
後手は押さえ込めば勝ち、先手は突破すれば勝ちという勝負で
先手がその突破を▲7三銀不成と銀を捨てて、
押さえ込まれていた飛車の眼前に一直線の突破口を開いたという
これ以上ない見事な形を作ったわけで、それがまずすごい。

羽生王座の堂々たる勝利だったと思います。
自ら「苦しい将棋が多かった」と振り返った羽生王座でしたが
最後の最後で素晴らしい将棋を見せてくれた。


シリーズを通して言えば、序文でも書きましたが
本当に夏のような対局だったな、と。それぞれに勝負手を繰り出しながら
それがほとんどの局面で均衡を保って、最終盤までもつれ込むという
それ自体が奇跡のように思える。

そんななかで、第5局は、その夏を終えるための将棋となりました。

いろんなことが語られた本局の投了図。
私は「花火のようだな」と思った。
夏の終わりを告げる最後の花火。
その美しさに、終わっていくことへの余韻を残す。

挑決から花火を思わせたこのシリーズが
美しい投了図で締めくくられたこと。
伝説のシリーズにふさわしい幕切れだったと思います。


最後になりますが、わたくしごとながら
対局者・羽生王座と中村六段のお二人に感謝を。

今年、将棋に関する記事を書きはじめてから、
お二人を扱った対局がとにかく多く
記事を作るたびにどんどん魅せられていく自分に気づきました。
このブログと、その成長(というものがあるとして)は、
お二人に支えられたものだと思っています。

だからこそ、この王座戦には何やら感慨深いものがあったし
なんとかしっかりとしたかたちでまとめたいな、と思っていました。
そしてそのひとつの決着を、ここにつけることができたかなと。

これからも頑張ってください。ありがとうございました。


そんで、ご覧になってくださった皆様にも。
まだ、ブログは続きますが、ひとつの区切りとして。
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


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