第26期竜王戦決勝T 永瀬拓矢六段-山崎隆之七段 早繰り銀@はやくない。
バルス(おせえ)
遅いついでに、早くない早繰り銀の話。
竜王戦決勝トーナメントは左山、7/27に行われた
永瀬六段(4組優勝)-山崎七段(1組5位)をいまさらお送りいたします。
なお、なぜか角換わりメモみたくなっている模様。
トーナメント左山は、下克上御免のパラマス形式。
型式的には勝ち続ければ6組優勝でも(つまりアマチュアや女流でも)
竜王に挑戦し、棋界の最高位たる竜王となることができるわけで
まさに「昇竜が如く」を体現するタイトルです。
もっとも、「1組優勝者シード・1組出場枠増加」となった
第19期から、左山に入っている4組優勝以降の出場者が
1組5位に勝ったケースはなく。
永瀬六段にとっては、この「1組の壁」を越えるための戦いであり
一方、山崎七段にとっては、挑戦者決定戦に進出した
昨年の自分を超えるための戦いとなる、ってところでしょうか。
しかし、対局は意外な進行となり、
そして意外な大差となりました。
【棋譜中継】(特設サイト)
振り駒の結果、先手は永瀬六段、後手は山崎七段。
本譜は手損のない正調角換わり。
山崎七段は後手番だと一手損角換わりを指すことも多いが
今回は先手の注文に乗っかる形となった。
一方、永瀬六段は四段昇段時は振り飛車を指していたが
最近は意識して居飛車を指しているといい、
それでも高い勝率を維持している。
本局も相居飛車の将棋となったが、
「格上」の山崎七段に通用するか、も本局の焦点。
序盤からある意味驚愕の一着。先手腰掛銀、後手早繰り銀となった。
このサイトでも角換わりはそれなりの数を扱っているが
正調角換わりで相腰掛銀以外の形となったのはこれが初。
というか、すでにこの段階で前例はない。
角換わりジャンケン、グーチョキパー。棒銀はグー、腰掛け銀はチョキ、早繰り銀はパー。
相手がチョキを出しているのに、後からパーを出そうとしている…?
常識を覆そうとする男の将棋ですね。▲2五歩と突かせて穴熊を見せたと。 #shogi
— 銀杏 (@ginnan81) 2013, 7月 27
と、銀杏記者もおっしゃっておりますが
私のような将棋観戦初心者用に、
「角換わりじゃんけん」をまとめておきましょう。
角換わりの作戦には、基本的に「腰掛銀」、「早繰り銀」、「棒銀」があり
先手番の場合、ざっくり言って
腰掛銀 :右銀5六 バランス型 「早繰り銀」に強く「棒銀」に弱い
早繰り銀:右銀3七→4六 急戦速攻型 「棒銀」に強く 「腰掛銀」に弱い
棒銀 :右銀2七→2六 攻撃重視型 「腰掛銀」に強く 「早繰り銀」に弱い
という基本性能があるとされています。
しかし、腰掛銀に組めば、苦手とされる棒銀に対しても
十分対応できるということがわかってきた結果、
先後双方とも腰掛銀を目指すようになり、
相腰掛銀が戦法のベースとなっていったという経緯がある。
昨年や一昨年の竜王戦七番勝負のように、一手損角換わりで後手の腰掛け銀に早繰り銀で攻めを狙う将棋も多いですから、角換わりの各戦法の関係も変わってきているのかもしれませんね。
#shogi
— 銀杏 (@ginnan81) 2013, 7月 27
ところが、↑にあるように00年代後半の一手損角換わりの大流行と
その対抗の過程のなかで、一手損角換わりに関しては
手損側の後手腰掛銀に正調では分が悪いはずの早繰り銀が
有効だという見解にまとまりつつあるそうです。
早繰り銀は元々名前のとおり、
銀をいち早く前線へと繰り出す作戦ですが
正調では腰掛銀にどっしりカバーされたうえに
「歩越し銀には歩で対抗」と追われてしまうところ、
一手損では手得が生きて急戦がはまるという。
まあ詳しくは、
羽生さんのわかりやすい解説を聞いてください(え)。
結果として、一手損角換わりは採用数自体が減少しており
後手番角交換の流れは角交換振り飛車にとってかわられています。
戻って本譜の状況は、一手損角換わりではないところ、
先手の腰掛銀に対して後出しで早繰り銀に組むという
常識外の指し回し。ただし、山崎七段だったらありに見えなくもない。
山崎七段は自分が一手損の使い手なだけに
対早繰り銀の蓄積はあるので、
当然、自分が持った時の研究もしているはず。
そういった感覚で決めていたのかもしれない。
ただ、本来の早繰り銀は急戦を目指して銀が出ていくのが基本線。
しかし、相手に構えられている以上、出ていくのは難しい。
結果、相腰掛銀のごとくお互いに角打ちの隙を避けて
じりじりと陣形整備を行いつつ
相手の仕掛けにカウンターを狙うパス合戦に突入する。
これも、手渡し的な発想から出た自陣角なのだが
相手を揺さぶるに十分な謎手。
先述したように、角換わりは角を手持ちに
陣形の隙を突いて角を打ち込んでいくのが基本的な戦略なので
最初に角を自陣に手放すという発想自体が見えにくい。
山崎七段は、手損の中で△7五歩を保留したまま
相手の攻めを催促できる形を考えてこういう手になった、と
対局後は話していたが、この構想は後々生きてくることになる。
後手はなおも自陣に手を入れ、相手に攻めを促す。
とうとう穴熊に潜るに至った。
山崎七段といえば居玉のまま攻めの姿勢を貫くという
スタイルが認知されているだけに、
ことごとくフリーダムな印象。
もっとも、早繰り銀から早期の囲いを目指すなど、
後手は対局開始から一貫した作戦で指しているようなので、
穴熊に入る流れもある程度は考えていたかもしれない。
先手はそれに付き合う形で、この後自陣角を放って
じっくり攻撃の端緒を探るのだが、しかし、
ここでは1四歩と突いた中途半端な穴熊を
咎めたほうがよかったようだ。具体的には、
▲1七香→▲1八飛と雀刺し的に穴熊玉頭を狙っていけば
主導権を握ったまま終盤戦に入れたらしいという。
しかし、妖しい動きを続ける後手に
何らかの罠の存在を想定して動くのは
やむを得ないところか。
形勢をみると、まだ互角の展開なのだろうが
後手は相当に無理をしているようで、
あと数手で先手が指せるような形になるように思える。
しかし、後で思えば
手得をしている先手が慎重に指そうと思わされている時点で
すでにペースは後手が握っていたのかもしれない。
ここで後手が誘って、先手は角交換に応じる。
この後、永瀬六段は満を持して▲4四歩と仕掛けるのだが
棋譜コメントを見る限り、控室ではここまでのこの展開は
先手有望と思われていた。
先手の攻撃の形が整っているように見えるからだ。
ただ、一局を通して振り返ると
この時点で(先指摘の端攻めなどに比べると)
先手の攻撃はかなり細く、感想戦でもつながる目途は
たたなかったようだ。
そういう意味で、角交換を呼び込んだ
はるか以前の後手自陣角は、最終的に生きた。
というわけで、先手は仕掛けてみると
意外に攻めがつながらない。やむを得ず腰かけていた銀を
早繰り銀側にぶつけてさばこうとするが
△5三銀と逃げられて中央を固められてしまう。
右銀が後手玉頭から離れてしまうと、
さすがに攻め駒が足りないように映る。
控室も「先手が苦しい」という雰囲気に。
随分端折ったが、後手は先手の攻めを受け切れば勝ちとみて
受けつつ先手玉ではなく先手の攻め駒をいじめに行き、優位を築く。
先手は攻めをつなぐべく、左辺での攻防に挑むが。
後手は強く応じる。局面は成銀を飛車で取ったところだが
ぱっと見▲6五桂で飛車金両取がかかるので、
要は飛車を取られても問題ないと見切ったということか。
後手勝勢。
そして投了図。先手玉には一切手がついていないが
先手の攻めは「完切れ」。
相入玉にも展望がなく、投了もやむなし。
序盤から随分と趣向を凝らした展開になりましたが
終わってみれば「先手の攻めを切らせば後手勝ち」という
角換わりらしい展開で決着しました。
展開をまとめると、先手としては後手が穴熊に潜った段階で
1筋から強襲を狙えば攻めがつながった可能性が高かったが
そこを見送った以上、以降はパスを続けた方がよかったらしい。
後手の方がはるかに無理をしていた(たとえば穴熊自体がそうだ)ので
先に自陣を崩す可能性が高かったが、先手は的確なタイミングで
咎めることができなかった、ということのようです。
さて、今回の作戦「先手腰掛銀に後手早繰り銀」自体はどうだったのか。
感想戦のコメントを読む限り、山崎七段はこう考えた。
普段、自分が後手番一手損角換わりを採用すると、
相手は早繰り銀を仕掛けてくることが多い。
今回は正調角換わりなので、後手番は一手損角換わりに比べれば
一手得をしていることになる。
ならば、後手側が早繰り銀に構えれば、
一手損角換わりで先手を持った時に比べ
「1手違うだけなら何とかなるだろうと思って」ということで
早繰り銀を採用した、ということのようです。
しかし、
以下、棋譜コメですが
本来は先後で一手違い、相手ではなく自分から角交換しているので2手違っていた。
感想戦で2手違うことを告げられると、「あ、そうか、計算も出来ないなんて酷すぎる」と言いながら頭を抱えていた。
一手損は相手に手順に駒を進められるから一手損なのであって
正調角換わりでも先後と角交換自体で後手番は手自体は2手遅れる。
それを誤解して組んだ、ということでまとまっています。
ただし、その言葉は額面通りには受けられない。
その後の自陣角の様子を見るに
後手は自陣角の時点で急戦に仕掛ける様子は見えないからです。
山崎七段は、承知の上で先手の狙いを狂わせにいったのではないか。
実際に、永瀬六段は後手の指し回しを必要以上に警戒し、
仕掛けどころを絞り切れずにタイミングを逸した感があります。
怪我の功名か、狙い通りかはわかりませんが、
結果をみれば、山崎七段の独特な大局観、勝負術が
冴えた将棋になったのは間違いありません。
ちなみに山崎七段は、この勝利により
勝利数による八段昇段が決定。
順位戦では苦戦が続いているだけに
竜王戦への想いは強いはず。
どこまで勝ち上がれるか、注目したいと思います。