二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第61期王座戦第3局 中村太地六段-羽生善治王座 キンモクセイの咲く頃。

第61期王座戦 【第1局】【第2局】【第3局】【第4局】【第5局】
       【挑戦者決定戦】

花言葉は「謙虚」。

第61期王座戦五番勝負は、
ここまでともに先手番を勝って1勝1敗。どちらも大熱戦でした。
3勝先取なので、本局を勝ったほうが
タイトル防衛または奪取に王手となります。

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本局の先手番は中村六段。
このシリーズで待望の対羽生戦+タイトル戦初勝利を上げましたが
「羽生絶対王座」の鎮座する王座戦では、ここからが至難。

羽生王座は、21年連続でこの王座戦に登場し、連続19期を含む
20期を獲得しているが、その21年間で2敗以上したのは4回だけ。
というか、3-0防衛(獲得)が12回もあり、
王座戦の勝率は8割を超える(挑決トーナメントを含む)。

中村六段は先後を問わず、緩むわけにはいかないが
敗れればリーチされた上で次局は羽生王座の先手番。
タイトルのチャンスがあるとすれば、
先手番が確約されたこの局の結果如何でしょう。

ここまで一手損角換わり、急戦矢倉ときて、
第3局は正調角換わりとなりました。

棋譜中継】(特設サイト

王座戦は持ち時間各5時間。
先後は事前決定で、先手中村六段、後手羽生王座。
対局場は横浜ランドマークタワー所在の「横浜ロイヤルパークホテル」。

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角換わりの出だし。4手目の局面図は第1局と変わらないが
第1局では初手▲7六歩だったところ、本譜は▲2六歩と突いた。

角換わりに関しては、初手▲7六歩でも▲2六歩でも
2手目が△8四歩なら組める。組めるのだけれど、
後手は初手▲7六歩ならば矢倉も頭に入れながら△8四歩と打つが
初手▲2六歩の場合は矢倉が消えているので、
中村六段が棋風的に相掛かりを指す可能性が少ない以上、
▲2六歩から△8四歩なら、後手が角換わりを受けたというより、
後手から角換わりに誘導したという趣が強い。
何か羽生王座に用意の手があることを窺わせる展開。

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第1局では一手損角換わりだったが、本譜は手損のない
正調角換わりで相腰掛銀。

ちなみに、二人とも直前の対局で角換わりを指し、勝っている。
羽生王座は、棋王戦挑決トーナメントの対行方八段戦(先手番)。
羽生王座が華麗な終盤(▲3四金!)を見せたアレ。

一方、中村六段は朝日杯1次予選で対佐藤天彦七段戦。
棋譜は見ていないが、10/3に行われた新人王戦第1局棋譜コメント(8手目)によると
▲2六歩△3四歩▲2五歩の森内流(?)から角換わり腰掛け銀に進み、勝ったという。

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角換わりでは、冒頭にそれぞれ角を手持ちとするため
その隙を見せずに駒組を行って、陣形が整ってからは
どれだけマイナスの手を指さないか、
あるいは相手にマイナスの手を指させるか、という序盤戦になる。

後手はできる限り待機したい。
先手は後手に指させたい、ということで
最近特に増加しているのが41手目、先手の1手パス▲1八香。

現在の定跡系角換わり腰掛け銀戦線は、この▲1八香の出現で
先手番が再び主導権を奪い返しつつあるようなのだが
その対抗策として注目されているのが本譜の△1二香。
1手パスをしつつ穴熊を示唆して先手の仕掛けを急がせる。
△1二香の局面は、この対局まで5局有り、▲2勝△2勝1千日手と互角。
後手からすれば千日手は歓迎なので、
後手側がかなり健闘しているといえるだろう。

また、角換わり腰掛け銀での△1二香では、
森内名人が羽生三冠に快勝した竜王戦Tが記憶に新しい。
その将棋は▲1九香型で後手は△7四歩を保留していたため
あくまで類似型だが、△1二香(と穴熊)の有効性が伺えるところ。

実は同様に有力視されているのが▲1八香に対して△9三香なのだが
それは先の棋王戦T行方戦がその形となり、
羽生王座は「△9三香は厳しい」という見解を示唆している。

本局は、△9三香に対してどう戦うかといった内容でした。△9三香は何局か前例もあるのですが、▲9一角を見せることで▲4五歩の仕掛けを誘っているんですね。重要なことは、それに対して先手が▲4五歩から素直に攻めて勝てるのか。これで先手が勝てるようならば、△9三香は指されなくなります。
(羽生三冠による感想戦コメント)

そのときは、コメントのとおり▲4五歩と仕掛けて先手勝ち。
先手を持っての分かれはよかったと見ているようだ。

それを踏まえての△1二香ということもあったのかもしれない。

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先手は△1二香からの穴熊を咎めるため、▲2五桂と跳ねる。
銀取りをかけつつ、端攻めを狙う。△1二香と上がっているということは
歩1枚入れば香を入手できる形で、穴熊崩しに使える。

中村六段は本譜▲2五桂(図面の1手前)までは
実戦経験があり(8月の王将戦二次予選、屋敷九段戦)、
そのときは▲2五桂△2四銀に▲1九角と自陣角を据えた。
結果は敗れたものの、▲1九角自体は有力なようで
その後、谷川九段が投入して屋敷九段に快勝している。

そこで、羽生王座は狙いの一手、△3七角打。
銀取りを逃げずに、桂の跳んだスペースを逆用してこれを咎める。
飛車を狙いつつ、先手の▲1九角を消すのだが、
先手の飛車は、1八香型のため、逃げ場所が狭くて対応に困る上に
後手は先行して馬を作ることができる。

前例は1局で、今年の6月に行われた順位戦C1、
糸谷哲郎六段-△大平武洋五段戦で、先手勝ち。
ただ、羽生王座は十分指せるとみて、研究のうえ投入してきたのだろう。


本局は、この手が成立しているかどうかが焦点だった。

先手の中村六段はとりあえず銀桂交換を入れたのち、大長考。
9時対局開始の本局は、定跡系ということもあり
ここまでは両者時間をほとんど使わずに進行したが
1時間48分を投入して昼食休憩まで読みを入れる。

持ち時間は5時間だから、思い切った時間の使い方だ。
読みを外されて、一から方針を立て直しているのかと思っていたが
ただ、必ずしもそうではないようだ。

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後手が仕掛けてから数手は前例をなぞる展開だったが
この角打ちの2手前の▲4五歩が新手。
それにより、この▲4六角が実現した。
午前中の大長考は、この筋の角打ちが成立するかを考えていたのだろう。
この手は腰掛け銀の脇腹、6四の地点に角を飛び込んで
飛車に圧力をかけるという狙いで、
先の▲1九角定跡と同じ方向性だ。
1九から9一のラインに利かせて、
間接的に1二香で狭くなった後手陣を咎めている。

そしてこの手が出てからは、
先手が基本的には局面をリードしていたように思う。

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角を飛び込んで、銀桂交換で駒得していた銀を打ち付け
桂香をさらいにゆく。

飛車を取りに行くのであれば▲8三銀もありだが
△9三飛▲8二角成は桂を拾えない(8三の銀が取られてしまう)。
また馬筋がそれると△3七歩成も生じる、ということで
飛車取りよりも飛車を縛った上で冷静に駒得を狙う。

王座戦第1局(飛車を放して迎撃)や
トーナメント森内名人戦(飛車取りよりも封殺を優先)などでも思ったが
中村六段は、飛車にさほど拘泥しない一方、
角をうまく使う印象が(勝手に)ある。

銀を遊ばせてしまう可能性もある手だが、

「▲8二銀に有効手がないようでは、△3七角(44手目)そのものがダメかもしれません」と羽生。

感想戦でいわしめたように、
この手が好手で先手がペースを握ったようだ。
しかもこの銀打は終盤にも生きてくることになる。

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後手は反撃の形を整える。
△6四桂から先手玉頭に攻めの拠点となる
7筋の歩を突き入れて先手陣に圧力をかけてから△2六馬。

△4五馬と転回してから△5五銀とすれば
玉頭攻めと中央部からの斜めの攻撃が実現して攻めに迫力が出る。

ただ、羽生王座は

「△2六馬が良くなかった。いや元が良くなかったですね。ここでは自信がないです。全部、普通の手なのですが変化のしようがないです。△3二金寄と辛抱しておいたほうが……でもいいって感じじゃないですね」と羽生。
棋譜コメ)

感想戦であるように、
このあたりで作戦負けを相当意識していたようだ。

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夕休時の局面。先手は△8六歩を手抜いて端攻めに着手。
△8七歩成がきても、▲同玉で大丈夫と見ている。

一方で先手の端攻めは、結果的に上がることになった2五の金が
棒銀のような役割を果たしていて迫力がある。
羽生王座の手番で夕休に。ただし、


と油断できる状況ではない。

また、中村六段は羽生三冠が夕休後に信じられん大技を出して
先手を瞬殺したA級順位戦・三浦九段戦を控え室で体験している。

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本当に大変なのはここからだ、と思っているだろう。

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そして、実際夕休後に立て直してくるのが羽生王座。
一転、玉頭上部の厚みを活かし、先手右辺の押さえ込みを示唆、
玉頭を厚くしつつ先手の攻めを緩和したかと思ったら、
このタイミングで腰掛けた銀を天王山に進出させ、
馬を主力とした対角の攻めを見せる。

次に△6六銀が入れば6六の地点から玉を狙撃することができる。
後手も先手玉に迫ってきた。
「どんな状況でも最善を尽くす」ということを
最高レベルで体現できる。それが羽生王座という人。

一方、先手はここで決断の角切り。
後手の馬を囲いから離して、守りの金を攻めてゆく。
寄せを視野に入れた攻め。終盤戦突入。
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これはニコ生にゲスト参加していた佐藤慎一四段の指摘していた筋で
中村六段の得意とする攻めを開放すべきという観点から言われていたが
そのエールに呼応するかのように、ここで先手が攻めを加速する。

ただ、やはりというか、ここから一筋縄ではいなかかった。

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100手目の局面。先手は確実に後手陣を食いちぎっていくが
後手もなかなか決め手を与えない。その中で飛ばした手裏剣。
取り方が難しい。同玉では、後手に桂を渡した時に
頓死筋が発生して怖い。▲7九玉と引くのは
「△4四金と逃げられて後手に駒を渡しにくくなる。」(伊藤真吾四段)
▲8七同金には△7七銀と放り込んで攻めが続くようだ。

中村六段は控え室で検討外の▲同玉としたが、
この中では最善策だったようだ。
ただし、先手玉の安全度も徐々に低くなっている。
先手優勢も、後手が接近してきた印象だ。

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ここで先手が印象的な金打ち。

先手は数手前に待望の9一の香を拾っており、
▲3四香と打ち込めば後手玉にかなり迫ることになる。
しかし、先手は香を打たずに馬を追う▲4六歩打。

控え室やニコ生では先手の変調が囁かれていたようだ。
これは手なりに△5四馬と引かれるのが怖いからだ。
単に攻めあうと△7七歩成とのコンビネーションで先手玉が寄る。

後手の粘りに、一時先手が崩れそうになったように思えたが
この▲6五金打が手厚かった。馬に当てながら先手玉の安全度も上げる。
仮に▲3四香から攻めあった時に、
何かのタイミングで先手玉に寄り筋が生じることを恐れたのだろう。

先手は予定変更だったのかもしれないが
▲4六歩打の段階で、あえて相手に攻め筋を誘導しつつ
そこにしっかり応対することをみせつけて、という方針に切り替えたようだ。
これで自玉はすぐには詰まない形。

攻めに回りたい気持ちを必死に抑えて
確実に、着実に勝利へと歩み寄る。
直前には、羽生王座の「いやぁ、そうかあー」との
つぶやきが聞こえた。再び先手が盛り返したようだ。

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伊藤真吾四段いわく、「最強の一手」。
この右金が個人的に本譜のMVPだった。
最終的には2四の地点まで上がって先手の飛車を導き、
後手玉を討ち取る先鞭をつけることになる。

思えば、第1局でも▲1五金が終盤で光彩を放っていた。

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投了図。△3三玉に▲4二角以下の即詰みとのこと。
中村六段は詰みがはっきりと見える最後の段階まで
時間をかけて読みを入れ、踏み外すことのないようにして
勝ちきりました。

ということで、中村六段が2度目の先手番も制し、
2勝目を上げました。
羽生三冠が角換わりの最新型から後手側の工夫を見せる△3七角を放ちますが
中村六段がしっかりと読みを入れてこれを咎め、
中盤以降優勢に局面をリードし、途中怪しい部分があったものの
最後は逃げ切って勝ちにしたようです。

それにしても中村六段の棋風は「無理攻め」と自称していたのですが
このシリーズでは苛烈に攻め込むというより、
粘りの手の力強さが印象に残ります。

粘りというか、胆力というか。
将棋観戦記さんでも書かれていましたが


羽生王座を相手に時間を先にどんどん使い、かつ本譜では使い切る。
昼夕食は肉をがっつりたべ、おやつはケーキ2個を頼むなど、
作戦選択や指し手も含めて、謙虚な風貌とは裏腹に
今回のシリーズでは相当に図太い印象です。(いい意味です)

それを、将棋に向かう真摯な姿勢が、指し手が、打ち消している。
図太く、されど謙虚に。泥中にあっても、清浄な。
そういう背反する要素が矛盾なく整っている、印象を受けます。

個人的には形勢を立て直した▲6五金、
勝負をつけに行った▲1五金と、2つの金が印象的でした。
特に▲6五金。その前の▲4六歩打は当初、「ぶれたか」という印象でしたが
狙いの△5四馬を打たせてしまって先に金打ちで封殺するのが狙い。
寄せに使いたい金を先に見切るという胆力。

事件は起こさない。起こさせない。
そういう声が聞こえてくるような、
最後の最後、すみずみまで神経を盤面に注いだ将棋で
中村太地六段が快勝。タイトル奪取に王手をかけました。

次は羽生王座の先手番。
今度こそ横歩取りでしょうか。
その第4局は、10/8。新潟県南魚沼市「龍言」にて。
もう、すぐ来てしまいますね。どういう結果になろうとも、
気合を入れて観戦したく思います。


第61期王座戦 【第1局】【第2局】【第3局】【第4局】【第5局】
       【挑戦者決定戦】