二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第61期王座戦第4局 中村太地六段-羽生善治王座 「打ち歩」の閃光、その先の光。

第61期王座戦 【第1局】【第2局】【第3局】【第4局】【第5局】
       【挑戦者決定戦】

第61期王座戦は、10/8に第4局を迎えました。
挑戦者中村太地六段の2勝1敗で迎えた本局では
羽生王座がフルセットに持ち込むか、はたまた新王座が誕生するか、
が、かかっていた対局。

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先手番は羽生王座。で、今シリーズでは初めて、
両者が得意とする横歩取りとなったのですが
端折って書きますと、14時56分に千日手が成立。(棋譜
後手の先攻△5四角打で模様悪いとみた羽生王座と、
先手で勝負したい中村六段の思惑が一致し、
先後を入れ替えての指し直しとなりました。
引き継ぐ消費時間は▲羽生2時間24分、△中村2時間5分。(各5時間)

指し直し局は15時26分から。
ここから、終局の23時28分までの約7時間。
おそらくは歴史に残るであろう激闘が繰り広げられました。


棋譜中継】(特設サイト

会場は新潟県南魚沼市「龍言」。
指し直し局は千日手局と先後入れ替え。先手中村六段、後手羽生王座。
残り時間は千日手局から引き継ぎ、中村六段が2時間55分、羽生王座が2時間36分。

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後手の羽生王座は4手目角交換。
ダイレクト向かい飛車か?との声もあったが、後手番一手損角換わりを選ぶ。
手順は異なるが、王座戦第1局も羽生王座が後手番で一手損角換わりだった。
第1局を踏まえ、試してみたい順や研究があるのかもしれない。

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後手は腰掛け銀。
先手は、やはり第1局と同じく、右辺を盛り上げつつ
一手損に相性がいいとされる早繰り銀の構えを見せたが
後手が6筋を伸ばして右四間を見せてきたことから
相腰掛け銀に構えて6七の地点をカバー。
2筋突き越しに、3七の桂、そして5六の銀と、
出足は先手が良いようだ。

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先手は先攻している右辺から端攻めに突っ込む。
一方後手は6四に角を放ち、9筋を睨みながら飛車に圧力をかける。
先手が端攻めなら、後手は中央を厚くする。
どちらの狙いが奏効するか。

右図は夕休の局面。控え室やニコ生解説の飯島七段などは
まだ形勢が傾くとまではいかないまでも、
順調に駒を繰り出し、攻めを準備している先手が指しやすいとみていた。

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しかし夕休明け。しっかり読みを入れた羽生王座は
ここで切り返しの△5五銀直。勝負手だ。
苛烈に攻め合う構えを見せ、空気を一変させる。

▲同銀に△同角と天王山を奪い合うと、
△7七角と角を切って攻めを繋げる強襲がある。
その攻めに付き合えば、先手玉は薄い。
6筋に飛車を回している効果も相まって
後手が一気呵成に寄せてくることも考えられた。

だが、中村六段はひるまない。
▲5六歩として「角を切ってこい」と、先手の攻めを受けて立つ構え。
これを受けて、羽生王座は決断の△7七角切り。

この手が54手目。一気に終盤に突入したことから
この数手後には「決着近し」(中村修九段)の声も出ていた。
しかし、この手は、ここから終局まで続く
死闘の開幕を告げたに過ぎなかった。

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後手は4七に、先手は1二に、ともに銀を打ち合って攻め合う。
先攻したのは、またしても羽生王座。△6七成銀と、成銀を捨てた攻め。

角切りから一連の後手の手順について、
控え室やニコ生等では、羽生王座が指せる変化が多いと判断し
踏み込んだのだろうと認識していたようだ。
実際、大盤解説の深浦九段なども「後手よし」になっていくとみていた。

しかしこの△6七成銀で、また模様が変わる。
後手玉に先に詰めろがかかるため、むしろ「先手良し」だ。

対局後のインタビューでも羽生王座は

成銀捨てたあたりは……(ため息)。あの局面は何やっても自信なかったですけどね。さらに悪い手だった気がします。もうちょっとましな手があったような気がします。

と答えていて、この時点では相当自信がなかったようだ。

際どいが、ここで攻守が変わる。
右図▲2三銀成は、▲3二成銀からの詰めろ。
とはいえ、先手は駒を渡して手番を渡すと、一気に持っていかれる。
攻めを繋げられるか。先手は何度目かの正念場を迎えている。

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切れそうな細い攻めをつないで、馬と角で挟撃形を作った上で▲6三歩。
この叩きは決め手級で、どの駒で取っても後手玉は詰む。
ニコ生解説の飯島七段は
「この▲6三歩で、私は中村六段が勝ちになったと思います」。
しかし――

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この金合いが唯一無二の逆襲の一手。
歩合いでは後手負けだった。

そしてこの金合いで再び攻守が入れ替わる。
▲6七飛△8三銀▲6四歩に△6六歩を▲同飛ととってしまうと
△5七角の王手飛車がある。
よって、△6六歩には飛車を先逃げしないとならないが
その時に先手玉に受けがなければ後手が勝つ。

形勢は再び後手に傾いた。

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この局面で悠然と(と見えた)席を立つ羽生王座と、
苦しげに頭を抱える中村六段。大勢は決したかにみえたが。

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しかし、90手目△4七飛に、91手目▲3四馬が攻防の一手で
ここで再び、いや何度目だろうか、空気が変わる。

控え室などでは90手目に△5六角で後手勝ちではないかといわれていた。
感想戦では、羽生王座がその筋では嫌な順があったようだが、
結論はよくわからない。いずれにせよ、先手が息を吹き返した。
まだ厳しいが、勝負は残している。

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上から数を足す受け。この局面について、感想戦で羽生王座は
「負けなのかなあ」と述べている。
ここから先、後手は最善を尽くしても
負ける筋が多かった、と見ていたようだ。
無論、対局中はそんなことまで思いが至っていたかはわからない。

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ついに先手玉に詰めろがかかった。
△7八銀からの詰めろ。正真正銘、最後の決戦。
ここで後手玉を詰ますか、
あるいは先手玉の詰めろを切らして1手空けば先手が勝つ。
後手玉は上部に開けているが、
飛金銀桂に歩が3枚で、詰んでいてもおかしくない。
さあ、詰むや詰まざるや。

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そして、最大の焦点。
後手玉は幾重もの頓死筋をかいくぐって逃げ続ける。
▲5五歩か、▲4三銀か。先手の選択は後者。

ここで立会人の中村修九段から
「打ち歩か・・・」の声が漏れる。

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そう、▲5七桂△同と▲6六金△6四玉で打ち歩詰め。
しかし、先手はこの筋を回避できなかった。
この▲5七桂が感想戦段階での敗着とされている。

本譜はこの後、▲6六金では打ち歩詰めとなってしまうため
▲6六歩として下駄を預けたが、ここで攻めはついに途切れてしまった。

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そして、ここで中村六段が投了。
二転三転した激闘に終止符が打たれました。
投了図以下は、▲6九玉△7九飛成▲同玉△7八金までの即詰み。

羽生王座がカド番をしのいで2勝2敗のタイとし、
フルセットで最終局に持ち込みました。

凄まじいとかそんな言葉では言い尽くせないほどの戦いで、
夕方からニコ生を見ていた私は、対局後もしばらく震えが止まらず
考えすぎて頭が痛くなっていました。

それぞれの全てを出し合った死闘であることは、
対局直後の写真が物語ります。

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近藤正和「ぜひとも盤に並べてほしい、何年に一度かの名局だ」
と述べていたようですが
その対局を見届けられたことを光栄に思います。

感想戦では、主に終盤の攻防に時間が割かれたようで、
(あくまで感想戦段階での確認ですが)
端的に言えば、先手に何度か勝ちに持っていける筋があったようです。

そのひとつがこの局面。

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先手は▲4三銀打としましたが、▲5五歩で勝ちだったと。
この▲5五歩は、控え室と飯島七段が詰みでは?と指摘していたのですが
△同銀とすると詰みはない。おそらくそれで中村六段はその筋を外したのですが
△同銀では難解ながらも、先手玉の詰めろを外して
5二の金を取れば先手勝ちだったといいます。
ただ、1分将棋の詰むや詰まざるやで、詰み以外の筋に切り替えるのは
相当に至難だったと思います。

さらにもう一つ。

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敗着とされた▲5七桂ではなく、▲6六歩△同と▲同銀△同玉▲6七歩から、
やはり自玉を厚くして5二金を取る形にすれば
詰みはないが先手勝ちとのことでした。

私は翌朝、感想戦棋譜コメントをみて
頓死筋をことごとく最善に避けながら、
それと同時に詰みではない負け筋まで精査していた羽生王座の
凄まじさを改めて思わずにはいられなかったのですが、
同時に、そうまでさせた中村六段の、泥沼での強さも感じました。

一方で、感想戦コメを読んで私が漠然と思ったこと



を、片上六段が代弁してくださっていて。
ともすれば、「先手が勝ちを見逃し続けた」という印象で語られるのは
ちょっと違うと思ったことを、先に書いておきます。


最終的には、最後の最後で現れた「打ち歩詰め」の閃光に
先手が対応できずに敗れ、対して羽生王座はそこまで読んだ上で
最善を尽くして勝った、ということなんでしょう。

あまりに眩い閃光の、その先にあるか細い光。
それは確かにあったのだけれど、しかし、掴むことはできなかった。

ただ、それを「過ち」というのには、本譜はあまりに名局すぎる。

例えば羽生王座も打ち歩詰めで苦い経験をしています。
伝説の第21期竜王戦第4局。渡辺竜王が起死回生の△8九飛から
打ち歩詰めの筋に誘導し、3連敗から4連勝に繋げた対局でも
先手に勝ち筋があったとされています。

前期A級順位戦の三浦八段(当時)戦でも
打ち歩詰めの筋が終局直前に現れて、三浦八段に苦杯を喫している。

そこは、その先は、
羽生王座をしても容易に触れられざる領域なのでしょう。

神の領域に触れた名局。

事実がどうであっても、
私の感想では、それでいいと思っています。


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