第54期王位戦第1局 羽生善治王位-行方尚史八段 一直線上のアイデンティティ。
第54期王位戦【第1局】【第2局①/②】【第3局①/②】
【第4局】【挑戦者決定戦】
夏の覇者・羽生王位に、
遅れてきた居飛車本格派・行方八段が挑む
第54期王位戦七番勝負は持ち時間8時間の2日制。
鬼の棲家・B1をぶっちぎってのA級復帰に
自身初のタイトル挑戦と、昨期から絶好調の行方八段は
この対局までに10連勝中。
初舞台の対戦相手は、王位通算14期獲得の羽生三冠。
見事なまでに役者は揃った。
激戦への予感を抱かせる、そんな第1局です。
あ、ちなみに私は同年代になる行方くんを
必然的に応援する羽目になりますんでご了承ください。
振り駒の結果、先手・羽生、後手・行方。
角換わり相腰掛銀。
直近では棋聖戦第三局で先手番を持って
勝ちがあったにも関わらず敗れた羽生三冠が、二日制で再採用。
対する行方八段は、A級復帰戦である郷田九段との対戦で
角換わりの後手をもって、見事な勝利を飾っています。
このあとはずっと先まで前例をなぞるので、なんとなく雑談。
開始数手で角を手駒に持ち合う角換わりでは
横歩のように序盤から大駒が飛び交う乱戦になるかというと
そういう感じではなく、逆に角を打ち込ませる隙を与えないよう
お互いにじりじりと自陣に手を入れあう展開になるのがデフォ。
ただし、相手が陣形を崩して仕掛けたその瞬間に
角打ちなどから一気にヒートアップする。
行方八段は、将棋世界8月号で
「序中盤を乗り切れれば、トップクラス相手でも
終盤で十分勝負になる」
旨のことを述べていましたが、そういう意味では
角換わりは「悪くない」という感触だったのではないでしょうか。
もっとも、このクラスになると居飛車の後手ブレイクは
もともとかなり至難。二日制だったらなおのこと。
この後の展開になりますが、そういう意味もあって、
行方八段は最後、どういう形になろうとも
一直線の勝負を挑んでみたかったんじゃないかという気もする。
終盤の粘りから二百由旬の一閃という、
自分の武器が後手番でどこまで通用するのか、と。
それはまあ、それとして。
前例通りに棋譜は続く。
飛んで2日目。封じ手明けの局面。
穴熊に囲う筋を見せつつ、一手パス含みの手。
後手の6筋突き捨てから間接的に飛車を狙う角打ち。
この段階で前例は3局で、みな今年春に指された最新形。
今回の対局者2人は、後手を持って
角換わりマスター・丸山九段と指している。
どこで前例から離れる形となるか。
この手で、行方八段自身が指していた手から離れ
前例は▲丸山-△羽生に。
羽生王位は、自分の棋譜に先手番から向き合う形となりました。
この後も数手は前例を踏襲、お互いの玉頭を
攻め合うという激しい展開に。
やはり、というか羽生王位から前例を離れる▲4四歩。
もっとも、この辺りは随分研究されている局面らしい。
ここで、検討室では△5九角からの反撃が有力視されていた。
先手の飛車を攻防に利きづらい形にしておきつつ、
玉頭攻めをつなげる順を作り出す。しかし。
行方八段は攻め合いを目指す。
ここからは一直線の斬り合い。
どちらの攻めが、先に玉座をとらえるかのスピード勝負。
こうなった以上、もはやどちらかが倒れている可能性が高い。
駒の活用では先手が、しかし飛車を生かす形ができれば後手が
それぞれ有望な展開に持って行けるように見える。
角引きを生かす順を取った羽生王位と、
角を残して反撃を狙った行方八段の、
どちらが読み勝っているのか。
お互いに玉頭への打診を連続で手ぬいて、
しかし先手が先に玉へのアプローチを仕掛ける。
やはり先手が早いのか。
しかし、角を温存していた行方八段は、
ここで△1一角打。行方八段特有の終盤の粘り。
とはいえ、検討室や大盤解説、棋譜コメでは
▲4六角(▲2五桂以下の詰めろ)で先手勝ちでは?と言われていた。
実際には、感想戦で羽生王位が語っていたように
その順では△4二飛が入って後手勝ちが有力だったという。
よくよく見ると、1一の地点からはるか先の先手玉をにらむ形で
次の一着、羽生王位は展開を間違えると大逆転を喫しかねない。
よって、別ルートを考えるべく
ここで羽生王位が長考。読み切りに入った。
そしてこれが大きな一着となった。▲4六角ではなく金を引く。
この辺は、インタビューで行方八段自身が語っているので
その話を聞く方が早い。
―― 後手で受ける立場になったのですが、分かれはいかがでしたか?
行方 自分も経験のある格好で、
気がついたら変化しづらい展開になってしまいました。
ちょっと△1一角に致命的な誤算があって。―― 誤算というのは?
行方 ▲3三金に△同角と取るつもりだったのですが、
▲5五角が詰めろ逃れの詰めろになってしまうのが……。
角(△1一角)打ってから気がついたのですが、修正が利かなくて。
めったに出ない筋なので期待してしまったのですが。まあ不発弾でしたね。
逆に言えば、羽生王位は行方八段が気が付かなかった
棋理の中の罠にはまらず、丁寧に寄せたということなのでしょう。
投了図。先手玉も一見、相当に危ない様子だが
後手は攻防の中で金を1枚渡してしまったため詰みはない。
というわけで、王位戦第1局は、羽生王位が貫録を見せて
先手で勝ち切りました。終わってみれば最新定跡形を
自ら動かして勝つという、横綱相撲に見えるからすごい。
後手も前例局面から積極的な攻めを見せましたが
攻撃の到達を争う勝負となっては、やはり先手に分があり
それを阻止するためには「妙防の一着」が必要でしたが
△1一角が「不発弾」では勝負あった、というところでしょうか。
それでも、先にも述べましたが
羽生王位にあえて一直線勝負を仕掛けて、
そして終盤の粘りとそこからの瞬発力で勝負したいという、
そういう将棋にまで持って行けたのではないかなと思います。
もちろん、勝負は勝ってなんぼの世界ですが
そのためにも、自分の形を出すことができるか否かは
大きな要諦となります。
少なくとも本局では、「行方尚史の将棋」を
出せたのではないでしょうか。
先手番となる第2局に期待したいと思います。