二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第54期王位戦第3局 羽生善治王位-行方尚史八段 二百由旬の一閃。

第54期王位戦【第1局】【第2局】【第3局
      【第4局】【挑戦者決定戦】


サブタイトルは某スペカ。
羽生善治を倒す程度の能力。
由旬は距離の単位。
1由旬はざっくり14kmくらいなので200由旬は・・・すごいね!

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茶番はさておき、
第3局は脇システムから攻め合いの将棋となり
中盤、駒得を果たした先手が優勢を築いたと思われたのですが
行方八段の一着で、世界は姿を変える。


【棋譜中継】(特設サイト)

初日の展開は、前掲をどうぞ。

封じ手開封。

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大方の予想通り、封じ手は▲6四角。
この手から角を手持ちに敵陣内に
角を打ち込んで攻め入る中盤戦に突入する。

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先手は角を取らせた裏のスペースに角を打ち込む。
後手は、封じ手前に8四に上げていた右銀を7三に戻して対応。
裏を返せば後手は▲6三に角を打ち込ませるために
銀を上がったということになり、先手は承知の上でその誘いに乗った。

先手はこの角を生かして左辺を制することができればよし、
後手は逆に角を封じ込めて玉頭戦につなげればいい。

封じ手前の長考から、一晩はさんでのこの局面は
お互いに読みに読み込んでいるはず。
この局面を味方につけるのはどちらか。

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先手はと金づくりをみせて後手に選択を迫る。
攻め合うか、それとも咎めるか。

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後手は、局面を収めに角を打つ。
しかし、感想戦では行方八段はこの手を後悔していた。
攻め合った方がよかったようだ。
本譜ではこの後、手順にと金をつくられてしまい、
結局先手に駒得を許すことになる。

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局面がひと段落してこの状況。
先手はと金を作ってまるまる桂香得。
一方、後手は玉頭の7六、8六に
攻めの拠点たる垂らし歩を作った。
駒得と駒効率との主導権争い。
どちらの主張が生きるかの勝負だが、
控室では矢倉崩しに生きやすい桂香を手駒に抱える
先手が指しやすいとみていた。

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先手は4一に角を打ったうえで、
駒得の香で玉頭の銀を狙う。先手の主張が生きている。
後手は△3九角で飛車を玉頭からそらすので精いっぱい。
この時はそう思われていたのだが。

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そしてこの局面。飛車金両取の銀打ち。
この銀は、玉頭に香を走らせて得たもの。
そして5四の金は銀を取らせるかわりに囲いから遠ざけた駒。
一方、後手は飛車を逃げる(横利きを止められる、そらされる)と
▲5四銀成→▲3四桂の攻めが激痛。

矢倉を手筋に弱体化させておきながら
4一の角も利いていて、「さすが羽生王位」という勝負手に見えた。
後手の攻めは先手より遅い。控室は羽生優勢で固まった。
しかし。

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この一手で羽生王位の手が止まる。

先局面から
△8七銀打▲同金△同歩成▲同玉△8六歩打▲7八玉と
後手の無理矢理っぽい玉頭攻めの後に
△6三飛▲同角成と後手が飛車を切って銀を手に入れ
直後に手に入れた銀を△7七に打ち込む。

当初、この手は棋譜コメントでも
追い詰められた行方八段による緊急手段という色調で語られていた。
「いきなり打ち込むようでは」、などといった感じだった。
控室でも検討されていなかった。

しかし、羽生王位が終盤に20分以上考え込むにつれ
控室でも「これはきわどいのではないか」と言われるようになる。

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さらに行方八段は、ここでまた控室で検討外の8七金打。
寄せの決め手に使うことが多い金を序盤に決める。
これは寄せのルートが見えている手だ。
そして、そういう「詰む・詰まない」という終盤戦では
行方八段はこれまでにも圧倒的な強さを見せている。
間違っているとは思えない。

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3九でそっぽを向いていた角までが寄せに合流。
上部は、2日目の冒頭で7三に引いたまま動けずにいた
右銀がしっかりと先手玉を抑え込んでいる。
気付けば、後手は全駒が躍動している。

この時点で先手玉には△7五馬からと△9四銀の
二種類の詰めろがかかっており、同時に受けるのは困難。
したがって、先手は攻めるしかない。

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ざわつく控室。それまでも複数の頓死筋を見せてきた先手の、
これが最後の勝負手だった。
これを△3三桂で冷静に合い駒し――

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そしてここで羽生王位が投了。
行方八段が終盤、見事な一点突破を見せてタイトル戦初勝利を飾り、
また今シリーズの対戦成績も1勝2敗としました。
3-0にならなかったこともそうですが後手番で勝てたのは大きい。

この対局の終盤は、私も仕事中に見ていたのですが
△7七銀の一閃で一気に後手勝ちになっていて
逆転ムードに興奮する一方で、「どうしてこうなった」と
思っていた部分もあったのですが。

実際には、逆転というよりも攻め合いのなかで
行方八段が先に勝利に至るルートにたどり着いた、という感じのようです。

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羽生王位は対局後コメントで

「駒得と垂れ歩のどちらが大きいかという感じだったが、もう少し受けに回る手を指さないといけなかったかもしれない。攻め合いになって自信がなくなってしまったので。▲4一角(67手目)から攻め合ったが△4五歩(74手目)と突かれてみるとすでに局面が自信がなくなった。その前に何かやらないといけなかった。△7七銀(90手目)を打たれてちょっと足りない」

と述べており、快調に攻めていたと思われた段階から
局面に自信を無くしていたことを述べています。

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一方、行方八段のコメントには

「途中苦しくなって…昼休みのとき相当ひどいと思った。ミスが多いと思った。気付いたら大変になっていた感じ。△7七銀(90手目)で必至をかけてと思ったが、△8七金(94手目)と打つときに自玉が危ないことに気付いた。ちょっと読み切れていなかった」

先手左辺で角をぶつけあった時には自信がなかったものの
△7七銀あたりではもう必至まで読み切っており、
しかし最後の▲4三飛打(103手目)が
例の「決めの金打ち」の段で見えておらず焦った、ということ。

で、つまり△7七銀は別に起死回生の一撃ではなく
ある程度その前の段階から読みを入れ、
勝てる目算を立てて応じていたということのようです。

突然逆転していたわけではなくて
攻め合いのなかで羽生王位が駒得をあまり有効に
主張できなかった一方で、行方八段は玉頭の垂れ歩を
2度の銀打ちなど、有効に使い切る順に持ち込み、
先に勝ちのルートにたどり着いた、というイメージでしょうか。

行方八段は、中盤で形勢を悪くしたかもしれないが
それ以降は1・2局と異なり、必死に粘っていた。
羽生王位もそれによってなかなか攻めきれず、
▲6三銀と勝負手を打ったが、逆にその銀を使われて
一気に必至まで持っていかれてしまった、と。

結果として、動いていない駒も含めて全駒躍動し、
先手玉を必至に追い込み、美しい投了図となりました。

いずれにせよ、行方八段の粘りと最終盤の切れ味鋭い一閃が
第3局にして初披露され、そしてそれは羽生王位相手にも通用した。
面白いことになってきたと思います。

次は先手番。どういう将棋を見せてくれるのか。
すでに楽しみでなりません。


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