二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第54期王位戦第4局 羽生善治王位-行方尚史八段 思考の果て、その先の領域。

第54期王位戦【第1局】【第2局】【第3局
      【第4局】【挑戦者決定戦】


猫ピッチャーおもしろすぎる。

羽生王位の2勝1敗で迎えた王位戦第四局は、
8/8~9、福岡県福岡市で行われました。

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※ 画像は文章とは関係ありません。

将棋はさておいて(え)、
立会人が藤井九段、副立会人が広瀬七段で、藤井九段がさすがだった。

【19手目コメント】
「ここは長考になるでしょう。きっと昼食休憩に入りますね」と藤井九段。
【20手目コメント】
行方はさして時間を使わずに端歩を受けた。
「すぐに受けた……超うけるんですけど」と藤井。照れ隠しのようだ。

【48手目コメント】
「しかしどこで手を変えるんだろうか。変化の余地が、ありま……温泉」(藤井九段)
これを言いたかっただけの可能性は捨てきれないが、たしかに控室の検討ではまだ先手有望の手が見つかっていない。

というか、「俺が負けるとでも?」の後藤元気さんがさすがすぎです。

藤井九段と行方八段は25年来の友人。
控室に来ていた中田功七段は兄弟子にあたり、
コメントの端々に行方八段を気遣う様子がうかがわれていたのですが
本局は行方八段にとっては厳しい結果となりました。


【棋譜中継】特設サイト

先手は行方八段、後手は羽生王位。

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注目の4手目。羽生王位はなんでも指しこなす
居飛車系オールラウンダーで、作戦には頓着せず
その日の作戦を立会人等によって決めるというような噂があるくらい。
今日の立会人は藤井九段なので、振り飛車もあるのか?
と言われていたところだったが横歩模様だ。

藤井九段「知ってた」

8/3の東急将棋祭りの席上対局で、
▲羽生-△三浦、解説藤井という俺得カードが組まれた際に
羽生三冠が藤井九段解説を意識して「やむを得ないかな」と
角道オープン四間飛車に組み、結果、三浦八段に負けている。
そこですでに「義理は果たした」という読みで
藤井九段は前日の戦型予想で相居飛車を予想していた。

それはともかく、
「羽生の横歩」は今年度、先後問わずべらぼうに強い。
名人戦の1-4敗退があったので
勝ち星は指し分け程度(本局までに10勝9敗)なのだが、
横歩はほとんど負けていないはず。
第3局で敗れて迎えた後手番、ここで切り札を投入する。

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横歩取り△8四飛5二玉形。
先手が玉形を保留したまま駒組みを進めたため
一時昭和の将棋の様相を見せていたが、結果的に流行形に合流している。

第4局初日の8/8には、裏でA級順位戦・谷川-三浦が行われていたが
その対局も△8四飛の相中住まいで進行。
現在、最も研究が進んでいる将棋の一つだろう。
ちなみに、そちらは先手が1筋を突き越す代わりに
後手は△7四歩→△7三桂を入れていた。

今回のシリーズの初日は総じてスローペースで進む。
この先、9筋の歩交換→角交換などが入って、37手で初日は終了。

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2日目。封じ手は△9三桂と桂の活用。
先の谷川-三浦では△7四歩→△7三桂が入っていたが
本譜ではこの段階で後手が△7三桂と右桂を使おうとすると
△7四歩で飛車の横利きが止まり、
その瞬間に先手右辺から攻撃を仕掛けられてしまう。
よって、事前に9筋交換を入れておいてこちらから使う。

次に△8五桂と跳んで桂にぶつける筋を見せるのが狙いで
△7七桂成と捌かれてしまうと、後手はどんどん攻めがつながる。
この局面は既に前例を離れているが、副立会人の広瀬七段によると
プロ間では研究が進んでいるという。
まだ形勢に差はないが、後手が指せる変化が多いらしい。

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よって、先手は後手が右桂をさばく前に手を打つ必要がある。
先手が7筋からつっかけて開戦。
△同飛では、▲8三角や▲8六飛が激痛なので
後手は同歩と取る一手だが、結果的に飛車の横利きが止まるので
先手が△9三桂を咎めた形になる。
ただ、先手はこの先どう攻めをつなげるかが難しい。
行方八段の構想は。

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先手はこの飛車ぶつけを見ていた。
先局面から▲7二歩打と垂らして△6一金と寄らせて▲8六飛。

この手は▲7二歩打とされた時点で
棋士室で先手有望とみられはじめた手で、
後手が飛車交換に応じると、後の▲8一飛が厳しく先手が指せそうだ。

よって、後手は△8五歩と受けて、
先手が飛車をどこに振るか、で仕切り直して第二ラウンド。
まだ難解だが、先手に有望な変化がありそうだとしていた。

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しかし、将棋はこの一手で事実上決着がつく。

羽生王位は昼休みを挟んだ長考の後、飛車交換を決断。
棋士室や解説でも検討がされていなかった一手。

直感的に「▲8一飛があるので先手が指せる」と判断されていたのだが
しかし指されてみてから改めて読み直してみると。

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行方八段が見落としていたというこの△7五香がほぼ決め手。
というか、棋士室も行方八段も、▲8一飛の段階で
「先手有望なのでこの筋はないだろう」と考えたため
別の展開を読むことに注力し、この手までみていなかった。

しかし、羽生王位はその先まで考えて、そして踏み込んだ。
ここから先手も後手玉に強烈に迫るのだが。

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攻防に利く華麗な角打ちが出るなど、
後手が余している状況が盤面に如実に現れる。
後手勝勢。

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そしてここで先手が投了。
飛車に何を合駒しても詰む。


手自体は78手まで伸びましたが、
検討では52手目△7五香の段階で、
普通に進めば後手1手勝ちとされていました。
その後、多少の変化はありましたが
検討で示された「一手負け」の筋から変化することはかなわず。

結果的にいえば、開戦からわずか数手で
勝負がついてしまったことになります。

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インタビューでは、飛車交換に踏み切った羽生王位の決断に
注目が集まりましたが、さらっと流されてしまい、
感想戦でもはっきりと飛車をぶつけた時点で
すでに勝負はあったとみられてしまっていたのか、
その前の段階の勝負手がメイン
(▲7二歩では藤井九段指摘の▲5六飛が有力だったなど)で
ほとんど触れられていません。

しかし、あの飛車交換については行方八段も、棋士室も、
もっといえばツイッター解説の勝又六段や
緊急参加(?)していた渡辺竜王も想定していなかったようで
自然に見えて羽生王位だからこそ指せた手だったのは間違いないようです。

将棋は、直感で何手かを絞り込んだうえで
普通は取る手から考えるといいます。その上で、次善の策をみていく。

多くの棋士が取る手から考えて、結果避けた筋を
しかし、羽生王位だけはさらに踏み込んで考え、決断し、勝負をつけてしまう。

何気ない一着でしたが、凄みがある。

羽生王位のすさまじさを見せつけて、星は王位の3勝1敗に。
防衛に王手がかかりました。

このまま勝ち切ってしまうのか、
それとも行方八段が意地を見せるのか。

第5局は、少し空いて8/27~28、徳島市にて開幕。
羽生王位の先手番です。陣屋まで行けるか、注目です。


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