二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第26期竜王戦第1局 森内俊之名人-渡辺明竜王 厚く、深く、強く。

第26期竜王戦 【第1局/】【第2局/】【第3局/

「十連覇か、竜王名人か」

第26期竜王戦は、最高峰の戦い。

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10/18は竜王戦第1局の2日目。
1日目は、急戦矢倉から
玉頭から盛り上げて、押さえ込みをみせる先手に対し、
後手は攻めをつなぐ準備にかかるという、
両者の持ち味、将棋観が垣間見えた展開となりました。

その構図は2日目も変わらない。
しかし、双方のその持ち味は、封じ手開封直後から最終盤まで、
意外な展開を含みつつ進んでいくことになりました。


棋譜中継】(特設サイト

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封じ手は、控え室等で本命と見られていた△2六銀。
初期ポジション7一の右銀が対角にここまで上がって
飛車周りを狙う。右辺に圧力をかけつつ、
先手の網を破る準備という意味で、昨日までの流れに沿っている。
控え室では、先手は▲7五銀右と、やはり流れに沿って
上部開拓を目指していくのだと思われていた。

が、森内名人の手は予想外の▲2八飛。
渡辺竜王が△3五銀と手を戻すと、先手も▲3八飛と手を戻す。
2六の歩が払われているものの、封じ手の時とほぼ同じ局面。
なんと、先手からいきなり千日手の打診だ。

確かに玉頭から盛り上げていく将棋をまとめるのは大変
(網を破られると一気に崩れかねない)だが
まだ形勢に差はないと見られていた。ただ、森内名人としては
千日手となってもかまわないという状況だったのかもしれない。

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一方、先手歩切れに対して後手は駒台に歩4枚。
封じ手と状況が変わらない上に一歩入手した上で別ルートを選べる。
形勢は互角だが、後手指せる変化になる可能性が高い、
ということで、△5三金と千日手を打開。
金を押し上げて、攻防に利かす価値の高い一手だ。

感想戦の竜王コメントによると、
この手は封じ手の局面でも候補としていた手で、
だから2日目再開から一連の流れは「ラッキー」と思っていたようだ。

展開に自信なしとみて千日手を打診した森内名人、
打開して十分させる形になるとみた渡辺竜王という構図。
このため、ここから先は控え室などでも後手ペースで進むと考えられており
実際に後手が主導権を握ったようだった。

しかし後述するが、この先の展開を考えると、これは森内名人の
かなり高度な賭けというか、駆け引きの末の判断だったようにも感じる。

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後手は、千日手を打開した△5三金から△5四金~△4五金と次々に進撃、
中盤の制空権を取りに行く。この金は59手目まで5一、つまり一段金だったが
そこから12手でここまで進出してきたことになる。

先手はこれを止めに歩を放つが、ここで金を逃げずに
△4四角と上がるのが控え室の検討の本線だった。
「絶対先手」の王手がかかる。そこから難解なるも、
後手の攻めがつながるのではないか、とみられていた。

しかし、長考の後に渡辺竜王は△4四金と金を引く。
△4四角では何か嫌な筋があったか。
しかし金を逃げると今度は6二の角がみるからに狭い。
先手は7四に銀がいて、後手が角を逃げるのに
手を使わされると攻守が入れ替わってしまうし、実際そうなった。
よって、この金引きは予定変更というか、後手変調の可能性が高い。

そして、基本的にここからは、先手が局面をリードしていくことになる。

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先手は後手の角をいじめつつ、右桂を活用。
上がっていた金をターゲットにした手で、左図の局面では金は詰んでいる。
後手は手をかけて金を上がったことが仇になってしまう展開は
避けなければならないので、ここで攻めなければならない。

というわけで、右桂を連続で跳ねて玉周りを攻める。
次に△7七歩が焦点の歩で先手陣を大きく乱すことができる。
先手はその瞬間は角道が止まって8六の銀取りにもされているため、
 ① ▲8七歩と受けてキズを消す手、または
 ② ▲8三歩と後手の攻めを呼び込む手
が予想されていたところ、先手は②▲8三歩、更に「攻めてこい」と促す。

ここに、先手が後手の攻めを振り切り突破できるか
はたまた、後手が細かい攻めをつなげられるか、の
双方の「将棋」を懸けた勝負が始まる。
と、いいたいところだが、基本的には後手の攻めはあまりに細く、
形勢は明らかに先手に触れていた。

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後手は角を切って勝負。
▲同角と角を玉頭のラインから遠ざけることができるが
その段階では角桂と銀の交換で後手は駒損が大きい。
歩の枚数では大差だが、細かい攻めでは森内名人の手厚さを貫くことは
困難に見える。手をつなぐことはできるだろうか。

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後手は歩を中心に玉をつつき、攻めをつなぐ。
先手は冷静に対応しているが、玉の位置が少しずつ変わっているため
応手をひとつ間違えるとあっという間に頓死筋にはまる。

罠をひとつひとつかいくぐって
玉を安全に入玉させられたら先手は勝つ。
先手は一手一手勝利に近づいているように見えたが、
左図△9六歩に▲同玉と応じたことで後手に微かに希望の火が灯る。

玉が単独で突破する形となるため、
どこかで使いたかった飛車取りの△4九角が
後に入玉を妨げるラインにかかってくる可能性が出てくる。
加えて、△3八角成~△3七馬と進めば(というか進むのだが)
上部開拓で後手玉も入玉を狙う目処が立つからだ。

先手玉を詰ますことは難しくなったが、
勝負は必ずしもそれだけでは決まらない。
渡辺竜王が追い上げている。

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先手が決めに行った▲4一馬。
ただ、この瞬間に「後手はチャンスなのでは」とみられていた。
右図△7三桂で玉の逃げ場所が難しい。
▲9四玉は△9一飛が王手馬取り。
▲7四玉には△6三銀で先手玉の逃げ道が難解。
△6三銀に▲8三玉は△8一飛と王手馬取り、▲7五玉も△7四飛が王手金取り。

馬を一段目に攻め込んだ結果、
飛車打ちで王手馬がかかる状態が多くなっている。
時間があれば最善手で逃れられそうだが、
この時点で森内名人の残り時間は10分を切っている。
駒を渡さずに、複数の頓死筋を交わすことができるか。

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しかし、森内名人こそ、その領域で強さを発揮する。
先手の選択は▲7五玉。△4八馬と王手を当てられるが、
▲6六桂と合駒すれば十分という読み。決定打を与えない。
ただし、合駒の結果、▲5五桂と攻防に打てなくなったのも大きい。

次に△3七馬と桂を払った局面が
渡辺竜王が「ここだけチャンスと思った」と思った局面。
何か手があれば名人に迫ることができそうだ。

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しかし、竜王は時間を最後まで使って考えるも、
はっきりとよくなる手は見つからなかったようだ。
1段目に飛車を打つが、これは馬を切る手助けをしてしまったようなもの。
▲3二馬に△同玉では、玉の脱出口となりうる
1筋から遠ざかってしまい、入玉持将棋の線も消えた。
(もっとも竜王は相入玉の目はあまり見ていないようだった)

この後も後手は懸命に粘るが。

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万策尽き、これが投了図。後手からは先手玉に迫る見込みなく、
入玉も困難ということで投了もやむなし。

結果から見れば森内名人が中盤の難解な局面を有利な展開に持ち込み
最後の局面では竜王に追い上げられましたが、
冷静にかわして勝ちきりました。

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特に2日目は、名人が大体の時間でリードしていた感じがあったため
(そして後手は持将棋にしかルートがないように見えたため)
名人が完勝したような印象もありましたが、
森内名人自身はそうみてはいなかったようで、

今朝は先手番にもかかわらず千日手になりそうで、失敗したと思いました。 駒得があるので途中は少しいいのかなと思っていました。いつの間にか混戦になって最後は負けたかなと思いました。 最後の最後、自分の玉が寄らなくなっていけるかなと。

いろいろと反省が残るところがあったようです。
ただ、千日手打開後の差し回しは、
名人の指し手が上回っていたように思えますから、
実際のところ、名人は封じ手だった△2六銀だけが懸念していたところで
それ以外は相当に深く読み込んでいたのではないか、という気がします。

△2六銀からの千日手が打開されるものと見越した上で
先手が指しやすいルートで勝負したのではないか、と。
実際、渡辺竜王も自身のブログ

歩得なので行けるような気がしましたが、千日手を打開するほどの手順ではありませんでした。以降は苦しくしてしまい、チャンスがほとんどない将棋でした。

と書いていて、中盤の大局観で遅れをとっていた可能性を指摘しています。

厚い指し回しに深い読み。
本人がどう評価するかは別にして、
名人の強さを感じさせる初戦でした。

挑戦者が熱戦の末に先手番を制したことで、
シリーズの白熱化は必至。次の竜王の先手番に注目したいと思います。


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