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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第39期棋王戦挑決第1局 永瀬拓矢六段-三浦弘行九段 瞬間の深度。

今年の棋譜は今年のうちに(嘘あいさつ)

というわけで、まずは
12/24に行われた棋王戦挑決2番勝負第1局を作っておきます。
今期挑戦者決定戦は、本戦トーナメントを勝ち上がった三浦九段と、
敗者復活戦を勝ち上がった永瀬六段の対決となりました。

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棋王戦挑決トーナメントは、ベスト4から2敗失格ルール。
これは、挑戦者決定戦でも引き継ぐため、
挑戦者となるのに三浦九段は1勝で済むところ、永瀬六段は2勝が必要。

永瀬六段は、ちょうど(?)三浦九段に敗れて敗者復活戦に回っているので
三浦九段が先勝で迎えた3番勝負の第2局にあたると
考えればわかりやすいでしょうか。まあ、振り駒なんですけどね。

前回対局では、三浦先手で横歩取らず。
本局はどうなったでしょうか。

棋譜中継】(中継ブログ

棋王戦挑決は持ち時間各4時間。
振り駒の結果、先手永瀬、後手三浦。
本戦トーナメント決勝と逆になった。

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▲7六歩△8四歩▲6八銀と矢倉模様の出だし。
永瀬六段-羽生三冠の敗者復活戦と同様の展開だ。
永瀬六段は、これがわずか公式戦3局目の先手矢倉(1勝1敗)。
しかし、羽生三冠を破っているように、その研究の深さは侮れない。

対する三浦九段も2手目△8四歩と突いたからには
この展開は想定していただろう。それぞれの構想はいかに。

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16手目△7四歩から18手目△5三銀右。いわゆる「急戦矢倉」だ。
先の永瀬-羽生では矢倉を組み合ったが、本譜では三浦九段から仕掛けた。
この局面は今期王座戦第2局、今期竜王戦1~3局で採用され、
再び注目されている局面でもある。
ちなみに、棋譜コメによると三浦九段が△5三銀右を採用するのは
2000年以来でこれがわずかに2局目。それだけ後手急戦矢倉の評価が
高まっているともいえるのかもしれない。

この戦型は後手から仕掛ける形になるのだが、
しかし、ここから先をどういった将棋になっていくのかは
先手に選択権がある。変化が早い順に書いていくと、本局面から

① ▲5七銀右と5筋歩交換を避けるとじっくりした力戦形の将棋となる。
  今期王座戦第2局で羽生王座が指したのがこの手。

② ▲2六歩△8五歩と進み
 A ▲2五歩と後手の飛車先を受けずに伸ばし合うと、
   互いに飛車先を交換する相掛かりのような、やはり力戦形となる。
 B ▲7七銀と角頭を受けるのが一番多い形で専ら阿久津流と呼ばれる
   5筋歩交換型急戦となり、この変化を一般的に「急戦矢倉」ということが多い。
   竜王戦1~3局はこの形で、いきなり後手の角が飛び出すことになるため
   一気に激しい展開になる。

永瀬六段はどの変化を選ぶだろうか。

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②-A、▲2六歩△8五歩▲2五歩。
矢倉含みだが、相掛かりのような展開となる。
羽生二冠が渡辺王座(ともに当時)と争った昨期王座戦の第1局、第3局で指している。

先の三浦-永瀬では、三浦九段が横歩を取らずで相掛かりになった。
今回は、永瀬六段が三浦九段の急戦策を蹴って相掛かり含みの展開へ。
永瀬六段が借りを返しに来た、ともいえるかもしれない。
ともに玉を囲わないままに飛車先を切りあっているので
構想力を問われる将棋になる。

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後手は雁木に構えた。中央に厚いが、1~2筋が薄く
指しこなすのは難しいとされ、
最近ではあまりお目にかかれない構えとされていた。

ただし、先述した昨期王座戦第3局では
②-Aの類似系から渡辺王座が雁木を目指しており(先手勝ち)、
今期王座戦第2局では、①の進行から中村六段が雁木を指している(先手勝ち)。
さらに、今期王将リーグ豊島七段-羽生三冠戦では、
やはり①の進行だが、羽生三冠が雁木を指してこれは後手勝ち。

急戦矢倉から5筋歩交換を行わなかったパターンでは、
後手が雁木に組むのはセオリーとなっているようだ。
だから、三浦九段が雁木を目指すのは、棋理に沿った流れともいえる。

後手が雁木を採用する一つの理由は、①、②-Aのケースともに
先手が右銀を5七に配置することが多いことからのようだ。
5筋を抑えるためだが、先手は角の活用が難しい(どの道も止まっている)。
これに対し、後手は角を比較的自由に展開させることが可能で、
先手の動きにあわせて対応できるメリットがある。
一方で、雁木の急所が1~2筋という構造的な部分は変わらない。
先手は自陣をまとめつつ角の活用する方針をきめ、
端攻めを目指すという展開が考えられるところ。先手はまとめるのが大変そうだ。

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先手は3~4筋で戦いを起こして、後手の駒を3~4筋に集めさせ
9筋を突いて▲9七角の筋を見せる。後手の玉上部は厚いが
その分対角から直接王手が狙えるという主張。
後手は▲9七角を牽制するため、一度△3三角と出て
角をぶつける手を準備(△4二角を見せる)したいところだが、
先手にはこの角の活用と連動して、▲4六歩から銀を突っ込む筋があり、
そう簡単にはいかない。(詳細は中継ブログで)

よって、後手は右図△7五歩と突き捨てる。▲9七角からのラインを止めると同時に
先手の玉頭を引っ掻いて、後に歩を叩く筋を作る反転攻勢の意味もある。
三浦九段は、この後8筋に叩き、5筋に突き捨てと戦線拡大。

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その上で、△1三角と先に端に出て先手陣を狙う。
先手の狙いだった▲4六歩の筋を消すとともに
角がオリジナルポジションから動いたことで、
後手玉が2二に入城することもできるようになったという意味で
ある意味攻防に利く一手。

次の狙いは△4六歩。角が利いているので▲同銀と取れず、
受けないと、と金の攻めがある。
しかし、▲4八飛と回っても2筋の圧力が減るばかりでなく
△4五銀左と出られて守勢に回ってしまう。
控室などでは後手の模様よしとみられていた。

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が、この▲4七歩打が苦しいようで冷静な一手だった。
ただ単純に△4六歩を消しただけの手だが、指しづらい手だと思われていた。

「こういう手はコンピュータなら指すけど、人間は指さないかもしれませんね。あ、でも永瀬さんが指すかもしれないから……」と伊藤真五段が言っていた手だ。相手の狙い(△4六歩)を消すという点では合理的だが、以前に指した手(▲4六歩で4筋の歩を切りにいった順)とは流れが逆である。コンピュータは局面ごとの最善手を求めるが、棋士は手の流れも計算に入れるものだ。伊藤真五段の言葉はそうしたことを示している。
棋譜コメより)

永瀬六段は39手目に右銀を進出させようと▲4六歩と突き捨てている。
▲4七歩打は歩をバックさせる手となり、一連の流れの中では手損の上で
自らの作戦が失敗したと認める(いわゆる「謝る」)ことになるわけで、
伊藤五段に言わせると「人間には指しづらい」ということなのだろう。
しかし、図らずも「永瀬さんは指すかも」と伊藤五段が予想していたように、
永瀬六段はこの手を採用する。

そして、後から棋譜を見返すと、
この一手がターニングポイントだったように思う。

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そしてまた永瀬六段の特徴が出たようにも感じた▲2五歩。
端攻めから角を追っての歩打ちなのだが、
序盤に切った飛車先の歩を再び打ちなおすわけで、
これも流れの中では打ちづらい歩だという。
しかし先手玉を狙う角をどかすことが最優先で、
そのためには「流れが悪い」「筋がよくない」などは二の次で
その局面での最善手を追う。この感性が先手に流れを引き戻した。

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そして、流れを一変させた好手、▲7六金。
△4二角と角を引かせたうえで、金を上がって7~8筋を支える。
飛車角桂の攻めを全て受けている。

後手はこの金上がりだけで抑え込みを突破するのに
大きな損害を強いられる上に、反転攻勢に出た7~8筋の突き捨てを
逆用された形になっているため、嫌な感じだ。

局面は、後手が攻めをつなぐか、先手が受けて切らすか
という流れになっていく。それはお互いの棋風に沿った流れでもあり
棋士の棋風によってどちらを持ちたいのかは変わっていたようだ。
ただし、ここから控室では徐々に先手持ちの声が増えていくことになる。

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この桂打も印象深い。棋譜コメで「命がけの受け」と評された一着。
この玉形で飛車に働きかけて攻めを催促する。
受けに自信がなければできない手だ。
後手は飛車を引くようでは7三のと金攻めを成立させる余裕を与える。
さりとて、△8八飛と飛車を切っていっても攻めが切れそうだ。

後手は飛車を切る順で攻め入って切らされると、
1筋に爆弾を抱えているため一気に危険になる。
よって△6五飛と金を取って切る順を選択したのだが。

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しかし、角を出ての切り返しも
後手は7筋8筋中段の攻防から抜け出せず、
先手玉を直射する攻めを見せることができない。
やはり先ほどの▲7六金が築いていたバリケードが強固だったのだろう。
控室でも、大方の棋士が「後手の攻めが切れそうだ」とみるようになっていた。

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後手の猛攻に、先手玉の周りの駒はなくなった。
しかし、先手玉は51手目から不動。飛車の横利きで余している。
そして満を持して1筋の爆弾に点火する。
すでにこの時点で後手玉に事実上受けはない。

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この手をみて三浦九段が投了。
以下は△4二同金▲2二桂成△4三玉▲4二飛成△同玉▲3一銀以下の並べ詰み。


永瀬六段が挑決第1局を制し、来年1月の第2局に繋ぎました。
矢倉含みから相掛かり調の将棋となり、
中盤では三浦九段が作戦勝ちを築いたと思われていたのですが
永瀬六段がひっくり返したという感じでしょうか。

対局後の記者質問では

「敗因は?」と尋ねられ、三浦は「こっちが聞きたいくらいです」と苦笑した。「他の手で自信がないから(本譜の順を)やっていたというところがある。構想をうまくとがめられたのかもしれないですね」(三浦)

とあり、指しているほうも
「気が付けば永瀬六段がペースを握っていた」という印象だったようですが、
やはり▲7六金が大きい一手だったのでしょう。

感想戦で永瀬六段も
「この金上がりで急に楽になったので不思議でした」
と述べていたようです。
結果的に、後手の7~8筋の反撃を指し過ぎに変えていたわけで
金を上がる積極的な受けの手が奏功した、
永瀬六段らしい展開だったのかもしれません。

個人的には、▲7六金とあわせて、その前段で指された
▲4七歩打(61手目)や▲2五歩打(69手目)が印象的でした。
ともにおそらくその瞬間の局面では最善だったものの
そこまでの先手の構想やストーリーという意味の「流れ」に背いた手であり
指しづらいかったはずですが、イトシン五段がいうように
「永瀬六段だったら指すかもしれない」手であり、事実、指された。

そしてそれが勝負の流れを知らずに変えていったような気がします。
先程の▲7六金の局面でも「後手は手を逆用されて嫌な感じ」としましたが
もしかしたら永瀬六段だったらそういう「流れ」は考えず、
そのストーリーに反した指し方をしていたかもしれないな、と思いました。

先の羽生三冠戦でも、その勝利は「研究の成果」との評があった一方で
羽生三冠を含むほとんどの棋士が「流れから詰む」と錯覚していた局面で
永瀬六段は受け切れるとみて、実際受け切っています。

ある種「別」の感覚が備わっているのではないか。

この2局で、その印象を改めて感じました。

流れに反しても、その瞬間の最善手を読む感覚。
異能と言ってもいいかもしれませんが、
その瞬間の局面での読みの深度で三浦九段を逆転し、借りを返したのだ、と。

決着局となる第2局は、2014年1月7日。
ともにどんな将棋を見せてくれるのか、期待しながら待とうと思います。