二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第39期棋王戦挑決第2局 永瀬拓矢六段-三浦弘行九段 自陣角のゆくえ。

王将戦第1局も始まっていますが、棋王戦挑決について。

1/7は対局初めの日。
その日に大一番、棋王戦挑戦者決定戦第2局が組まれました。
三浦九段と永瀬六段、通算三度目の対局。
変則二番勝負のため、この局を制したほうが挑戦者となります。

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すでに、本棋戦トーナメントと、挑決第1局を戦って1勝1敗。
先後も異なった(ともに先手勝ち)ことから、
実質的には三番勝負の決着局といったところ。

トーナメントでは三浦先手で横歩取らず、
挑決第1局では急戦矢倉となって、本局。
満を持して、横歩取りとなりました。


棋譜中継】(中継ブログ

棋王戦挑決は持ち時間各4時間。変則二番勝負のため、先後は振り駒で決し、
その結果、先手永瀬、後手三浦となった。

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横歩取り
永瀬六段、三浦九段ともに得意とする戦型だが、
とりわけ今年度居飛車を多用している永瀬六段の採用率が高い。
特筆すべきは、本棋戦ベスト4戦で羽生三冠を後手横歩で完勝したことだろう。
羽生三冠にとっては、それが本年度唯一の横歩での黒星となっている。
永瀬六段の鮮やかな研究の勝利だった。

それもあってか、三浦九段は前2局、横歩取りを見送っていた。
(第1局は先手で横歩取らず、第2局は後手で2手目△8四歩)
しかし、決着局は横歩を受けて立つ。ともに深い研究で知られる。
横歩研究の最前線がみられそうだ。

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△8四飛の相中住まい。
後手は囲いを保留して△2三銀としておいて1筋を突き越す。
後手飛車ぶつけ系で有力とみられている形で、棋譜コメによると
前例13局は後手8勝と勝ち越し。直近7局は後手の6勝1敗と圧倒している。

当サイトでは、10月のA級順位戦、郷田-屋敷戦で現れていて、
後手の屋敷九段が完勝している。屋敷九段の順位戦後手番連敗を止めた対局だ。
本譜もこの郷田-屋敷戦を下敷きに進む。

【第72期A級順位戦4回戦 郷田九段-屋敷九段】
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以下、郷田-屋敷では、先局面から
▲3六歩△5一金▲3七桂△6二銀(中原囲いを完成させる)
▲4六歩△8八角成(角交換)▲同銀△3三桂▲4七銀
と進み、△2四飛と飛車をぶつけた(局面図)。

感想戦ではもうこの時点で後手よしとされていた。

感想戦の見解に立つならば、飛車をぶつけられた段階で先手に思わしい変化はない。
それまでに先手が手を変える必要がある。
永瀬六段はどんな変化を用意しているのか。

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ここで変化した。新手だ。
先の郷田-屋敷では、▲4七銀としていたところ。
2筋飛車ぶつけを見据えて、玉を先に遠ざける。

もともと、この形からの「後手飛車ぶつけ」は
先手が飛車交換に応じた場合、
端攻めを含めて先手右辺(1~3筋)に飛車角を打ち込まれると
同時に受けるのが難しいことから「後手指せる」というのが
郷田-屋敷戦での結論だった。

しかし、なるほど。その前に玉を右辺から遠ざければ、
後手が右辺を攻めても先手玉の安全度は増しているから、
後手は飛車をぶつけにくい。仮に飛車交換したとしても
▲4七銀としていないために▲3九金と引く手が囲いを形成するため
後手は飛車を打ち込みづらいくもなっている。
また、後手は飛車ぶつけを見越して左翼の攻めに偏っており、
7~9筋は攻めの形が整っていない。

最初から6八に玉を上がるのに比べると手損のようだが、
あえて後手に右辺を攻めさせておいて、左辺にサイドステップ。
発想としては、羽生三冠が王座戦第5局で玉を6八→5八に動かしたのと似ている。
逆方向のサイドステップだ。

永瀬新手により、再び三浦九段に選択権が回ってきた。
もちろん、依然として飛車ぶつけが成立している可能性もあるため、
左翼の攻めを継続するというのが一案。
あるいは、これ以上の左翼への投資は指し過ぎになるとみて
端攻めを権利に右辺の整備にあたるのも一局だ。
三浦九段はどちらを選ぶだろうか。

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三浦九段は左翼攻めを急がなかった。
9筋を突き越して飛車の可動域を増やしながら先手の意向をうかがい、
後手右辺からの攻めを探る。先手は飛車を引いてあたりを避ける。
42手目△2四歩打で飛車ぶつけの筋は消えた。7~9筋攻めへシフトする。

玉が6八にいて、銀が壁形になっていることから、7筋が先手の急所になる。
よって後手は△7四歩を突いて、右桂活用を準備する。
控室では、深浦康市九段と村山慈明六段が検討に加わり、
次に先手は▲7七銀と上がって7筋をケアしつつ
壁形を解消するのがよいのではとみていた。

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しかし、ここまで雌伏してきた永瀬六段が刹那、牙を剥く。
後手飛車の横利きが消えた瞬間を突いて桂を跳ねる。
△同桂では▲6六角で飛車香両取り。
△7四歩がなければ△5四飛があるが、この瞬間は飛車で手は作れない。
飛車取りを避けても1一に馬を作られる。
先手玉が左に動いた以上、いかにも攻防に利きそうだ。
また、その局面では後手に桂取りがかかっており、忙しい。

後手は両端歩を突き越して飛車の可動域を広げたが
飛車が動けない瞬間を狙われ、両端歩も生きる展開になっていない。
控室では先手持ちの声が増えていたという。

それでも、後手は▲1一角成を甘受して右図。
後手がこの局面を覚悟の上で△7四歩を突いたのだとすれば、
何か狙いの手があるはずだ。

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三浦九段はこの自陣角に本局の命運を託した。
2九の飛車を狙い、先手右辺の堅陣を崩す狙い。
具体的には△4七角成▲同金△3八銀。
しかし、▲5六歩や▲5六香打と角のラインを止められたときに
後手がどう手を作るか。難しい局面のようだ。
本譜は▲5六香打としたが、この角が捌ければ勝負になるが
角が動けないようだと敗着になりかねない。まさに勝負手。

本譜はここから角の突破を狙う後手と、阻止を試みる先手との、
5六の地点を巡る攻防戦となる。

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桂馬で5六の地点を狙う後手に、
先手は歩を突きだして攻めを呼び込む。強気だ。
駒を5六の地点に呼び込み、交差させるということは、
9二の角が出てくる可能性が高くなる。
受けに自信がなければ指せない手だが、
受け切れるとみているということか。

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後手は左右両サイドに持ち駒すべてを投じて、ついに角を世に出す。
▲4七銀と受けるのだが、△3八と▲5六銀△2九とで右図の飛車角交換になる。
角が捌けた。後手が目指していた展開だが、裏を返せば
先図面▲4五歩の段階でこうなることは見えていたはずだ。
控室では後手が指しやすくなったのではないかとみていたが
今度は永瀬六段に、ある程度の成算があるように思える。

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事実、先手陣は飛車を打ち込まれても
この香合いが苦しいように見えてなかなか崩すのは難しい。
ペースは後手が握っているようだが、攻め続けなければならず、
しかし具体的に攻め手をどう見出すかというと、相当に細い。
大変な勝負になっているようだ。

そんななか、控室が疑問とみたのが右図△7七歩だった。
▲同桂と跳ばせて先手玉の脱出ルートを断つのが狙いだが、
先手玉に具体的に迫る手がなく、と金を作りに
△3七歩打としたが歩切れとなって手が続かない。
よって後手は香を入手して仕切り直し。また紛れてきたようだ。
ここから攻め合いとなるが、
ずっと受けつづけてきた先手の粘りが実りつつある。

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とはいえ、攻め合いとなると陣形差がものをいう。
ボロボロに見える先手に比べて、後手はまだ囲いがそのまま残っている。
後手は攻め駒を投じて仕留めにかかる。しかし――

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そんなことがあるのか。
いかにも危険に見えるこの▲5七玉で先手玉は寄らない。
それが、永瀬六段には見えていた。

後手は時間がなく、持ち駒も歩一枚。
そして受け切った永瀬六段がついに反撃に転ずる。

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飛車の合い駒として設置した香を走らせ、後手玉を狙う。
後手は△同玉とするが、玉が囲いから露出し、危険な状態になった。

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そして攻防に働き続けてきた馬で玉頭に踏み込む。
飛車角金各1枚に桂が4枚。持ち駒は十分に見える。
後手玉を討ち取れるか。

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だが、序盤に突き越していた端歩がここで生きた。
後手玉に詰みはない。
幾度となく天秤を行き来した形勢は、ついにはっきりと後手に傾いた。

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先手の追及を振り払い、反撃の角打ち。そして。

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投了図。1九とまで利いた。以下は即詰み。
①▲3七玉は△3八金打▲3六玉△4五銀。
②▲2八玉は△3八金打▲1九玉△2八銀▲1八玉△2九銀不成▲1九玉△1八香。


棋士室から「凄い将棋だった」という声が漏れるなど
年の初めから形勢が二転三転した将棋でしたが、
最後は三浦九段が先手玉を即詰みに討ち取って棋王戦の挑戦者となりました。

最終盤では、永瀬六段が▲5七玉で逆転したと思われたのですが
結論から言うと、

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この馬の踏み込みが敗着だったようです。
詰みがなかったため、駒を渡すと一気に寄せられてしまうことになった。
どこかで先手玉を安全にするか、あるいは踏みとどまってリードを広げるか、が
必要だったようですが、時間に追われてしまったか。

裏を返せば、先に時間を使うこととなっていた三浦九段が
最終盤で冷静に頓死筋を回避して最後は即詰みに討ち取ったのは
見事だったともいえるのでしょう。

全体としては永瀬六段の研究から三浦九段の勝負手を受けてどうか、
という将棋でしたが、永瀬六段の粘りが印象的でした。


ともあれ、三浦九段が第68期名人戦挑戦以来、
4年ぶりとなるタイトル戦登場となりました。

翌日の上毛新聞には写真つきで紹介されていたところです。
三浦九段とはご近所といってもいい(とまで近かないが)ので
棋王戦については三浦先生を応援したく思います。