第26期竜王戦決勝T 森内俊之名人-谷川浩司九段 真夏の羅森盤。
竜王戦本戦トーナメント右ブロックは
開幕戦を羽生三冠が、次戦を谷川九段がそれぞれ勝ち、
永世名人資格者そろい踏みで、贅沢な対局が続きます。
永世名人対局、その緒戦は7/11。
羽生三冠との対戦者を決定する対局。
名乗りを上げるのはぶっちぎりで名人位を防衛した森内名人(1組2位)か、
それとも関西対決・豊島七段を熱戦の末に破った谷川九段(3組優勝)か。
本局は先手・森内名人が3手目から注文を付け相振り飛車に。
序盤の構想力とともに中盤の柔軟な対応が求められる力戦形の線上で
現名人の揺るがぬ大局観が際立った。
そんな一局になったと思います。
3手目で先手が角道を止める。
森内名人が時折使うオープニングだそうで、
最近では
- 竜王戦1組 郷田棋王戦(当時) ~ 相矢倉 ○
- 王座戦決勝T 中村太地六段戦 ~ 相振り ●
とちょくちょく指している。
対居飛車では横歩・角換わり・相掛かりを封じ
対振り飛車ではゴキ中・角交換四間あたりを消している。
ただ、後手は角道オープン型の振り飛車とすれば
相振りとなった際、後手側は通常組み合うより手損が消えるし
角の出や射線を意識させながら駆け引きが出来るわけで
後手側が主導権を握りやすいともいえる。
それでも、森内名人としては後手が流れを作る
横歩やゴキ中を警戒したのかもしれません。
特に、竜王戦本戦はここまで横歩だらけ。
谷川九段は、その横歩の激戦を勝ち上がってきただけに
流れを断つべく、注文を付けたのでは。
果たして本譜では、後手が4手目に△3二飛として相振りになりました。
後手は三間飛車の美濃囲い。
先手は居玉のまま向かい飛車(というと相振りでは奇妙なんですが)にして
それぞれ飛車先を伸ばす。
8筋は美濃囲いの急所なので、先の王座戦では
中村六段はこの▲8四歩を突かせないため
浮き飛車に構えて牽制していた。
本譜はそれぞれ飛車先交換を打診していますが
この流れなら、逆に囲っていないだけ
先手の主張が映える展開。主導権を握れそうだ。
飛車先を切って▲8五飛に構える積極策。
先手は相振りから左右反転させた相掛かりのような形になった。
後手は、▲2五飛と回られると、2三の地点を受けるのに難儀。
守っては△5五角の筋も消しており、
先手がペースをつかんでいるように見える。
とはいえ、先手玉は居玉のまま。
後手に反撃の流れが来ると一気に逆流する可能性もある。
今の場は相振り飛車。定跡のない無限の荒野。
自らの経験と知識で道を決め、前に進むを繰り返していく。
先手の狙いだった飛車回りに、後手は飛車成りを阻止する
手段を講ずるのかと思いきや
飛車成りを受けずに銀を立つ。
なるほど、飛車を成らせても、
次に△3四銀と出れば竜ににらみを利かせながら
△4五歩から銀取が見える。しかし――
ここでいきなり勝負のポイントとなる手が出る。
先の△3四銀を消す銀上がり。
これで後手は飛車成りが受からない。
感想戦ではこのあたりの数手を中心に検討していたようで
谷川九段からはこの銀の出を軽視していたとの反応があった。
本譜ではこの銀が激痛だったとのことですが
そうなってくると、やはり▲2五飛と飛車を回りこませる構想が
それだけ優秀だったということだったのでしょう。
まだ手数は29手ですが、ここに至る構想の段階で
先手が作戦勝ちを築いていたということになる。
先手は竜を作ってまたじっと引き、
後に仕掛ける猛攻に備える。
もっとも、先手が作戦勝ちを築いたところで
それを実際の勝利にまで持っていくのはまた一苦労。
実際、左右反転の矢倉となった中村戦では、
組み合った段階では先手がリードしていたはずなのですが
ひっくり返されている。
だからというわけではないのでしょうが、
森内名人は後手の攻めを丁寧に面倒をみて
着実に勝利へと歩を進める。
そして満を持して竜が2筋を突破。
後手の主張は先手玉よりも守りが固いこと。
何とかして攻め手を作るため、
角を追いつつ桂跳ねから反撃の一着を狙う。
しかし、後手の攻撃を自然に受けながら
駒を丁寧に動かすと、先手玉の周りはむしろ固くなっている。
後手は厳しく迫る筋がなく、
逆に先手は美濃囲いを崩しに歩で迫る。
決めに出た桂打ち。竜を切って美濃を崩しにかかる。
83手(▲6六桂打)からの森内名人の寄せは、
丁寧に、よどみなく、そして確実に後手玉に迫ってゆく。
上部脱出を先押さえして、ここで谷川九段が終了。
後手玉はどこにも動けない。
本局を振り返ると、やはり29手目の▲3五銀で
大きく形勢が動き、そこから何とか後手が反発しようとするも
先手が適切に応対して攻撃を無効化し続けたように思います。
相振りから構想勝負となりましたが、
総じて森内名人の大局観が印象に残りました。
定跡という地図のない力戦形のなかで頼めるものは
棋理とともに自らが培った形勢判断や急所を見る目など、
「将棋の力」そのもの。
今回の対局では、道なき道のなかで
森内名人の勝利へと向かう指針の、
感覚の確かさが際立っていたように思います。
加えて、先手は長いこと居玉で闘っていたのですが
やはり受けに自信があるのでしょう。
不要に怖がることもなければ、
時が来れば驕ることもなく先逃げも辞さない。
終わってみれば「森内名人の世界」でした。
大局観を頼りに道を拓く。
谷川九段も序中盤で喫した大きなマイナスから
よく粘る形まで持って行ったものだと思いましたが
本件記事の画像等、中継ブログの表情をみるに、
相当悔しかったのだと思います。
惜しむらくは、豊島戦のように
粘りから先の乱戦に持ち込めなかったこと。
まあ、名人はそうさせないように指していたわけで
そういう意味でも森内名人の完勝だったのだろうと思います。
(正直、最近の勝率が抜群に高い
谷川九段の先手番でこの対局を見たい気はありましたが。)
これで、右ブロックでは5時間制での森内-羽生が実現。
この二人はここ10年以上、どちらかが必ず名人になっているため、
順位戦(6時間)での対戦が久しくありません。
よって本戦レベルでの一日制5時間以上の対局は
本年度中でも最初で最後かもしれない。
決戦の日は、7/19。
タイトル戦にも比肩しうる
夏の大一番になるような気がします。