二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦3回戦 深浦康市九段-久保利明九段 虚空に思路を断つ。

第72期順位戦【A級】【B1】【B2】【C1】【C2】

9/12は、A級順位戦3回戦から、凄まじい1局となった深浦-久保戦。
こういう素晴らしいコンテンツがあるということを
一人でも多くの人に伝えたく、ブログで将棋を扱っている気がします。
伝わっているかどうかは別にして。

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A級定着を狙う深浦九段は、ここまで1勝1敗。
先手番かつ、相手は順位下位の久保九段。
何度も頭ハネを食らった経験を考えると
ここで取りこぼしたくないというのが正直なところでしょう。

一方、負けられないのは連敗スタートとなった久保九段も同じ。
A級では、開幕3連敗した棋士の降級確率がべらぼうに高いらしく
なんとしても初日が欲しい。後手番の今回、作戦はなんでしょうか。

負けられない二人の対局は、終盤まで目の離せない
大激戦となりました。


先後は事前決定で、先手深浦九段、後手久保九段。
順位戦は持ち時間各6時間。本局は、関西将棋会館で行われた。

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久保九段は、1・2回戦で連続採用した中飛車ではなく、
後手番升田式石田流の手順。
後手石田流は、角交換から角打ちの筋が受けにくいため敬遠されてきた。
具体的には、この図で△4二金と立たず、△3四飛と石田流本組を急ぐと
角交換から▲6五角と打たれて馬を作られてしまう。

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しかし、角交換振り飛車の大流行に加えて、後手石田流と同様の弱点を持つはずの
ダイレクト向かい飛車が、その弱点も含めて指せると認知されだした結果
後手番石田流を成立させるための研究も進んできていて、定着しつつある。

そのひとつが「振り飛車4→3戦法」で、
当方では順位戦B1豊島-山崎戦で紹介している。
もうひとつの手順が本譜。飛車を直接3筋に振るかわりに、
△4二金→△3二金と金に手数をかけて一時的に4三の地点を防ぐ。

他に3→4→3戦法というのもあるが、みな手損ながら
先手が穴熊を組むことを防ぎつつ、
三間飛車を成立させることの指しやすさに重きを置いている。
本譜と4→3の違いは、本譜の方が相手に急戦(▲6五角)を意識させる分
先手の囲いを保留させる効果があるというところだろうか。

ただ、いずれにしても振り飛車側は後手の上に手損。
先手としては手得を主張し、後手より早く攻撃態勢を構築したい。

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よって、先手は先攻の▲5六角打。
横歩のほか、対KKSによく現れる攻防の角打ちで
後手の飛車に指針を問う。先手は玉頭をにらみつつ、1筋突破が狙い。
後手は玉を美濃に囲ってはいるが、
攻撃態勢は作れておらず、しばらくは先手の指し手に対応する形になりそう。

この後、後手は飛車交換を打診し、先手飛車の右辺突破を防ぎつつ
攻めあいからねばる展開に持ち込むが、久保九段は冒頭の手損もあって
対応が後手に回っている印象。

本局は関西将棋会館で行われており、
棋士室は基本的に所属棋士である久保九段持ちなのだが、
それでも現況では先手が指せそうという見解だったようだ。

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後手は2筋に、先手は4一に、飛車を打って攻め合う。
後手は自陣角を放って必死の防戦。先手が優勢とみていいようだ。
棋士室、そしておそらくは対局者も先手優勢を認識して指していたし、
だからこそ先手は焦らずじっくりと▲1四歩と桂馬を責めに行った。

しかし、ここがひとつの大きなターニングポイントだったという。
久保九段は、本譜より▲1三同香成と桂をずばっと取り、
▲7五桂打と美濃崩しを狙われた方が怖かった、としている。

すなわち、▲1三同香成△同香▲7五桂△5一香▲8三桂成△同銀
▲同角成△同玉▲2一銀と、玉頭に殺到しながら3二の金を取る順で
こうなれば明確に先手勝ちだったようだ。

本譜の順でもまだ先手は充分優勢のはずだが、
結果として久保九段得意の粘りモードを許すことになり、
それがこの後、壮絶な順を生むことになる。

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先手の厳しい角打ち。飛車銀両取りで、後手は飛車が逃げても銀を取られて
馬を作られてしまう。ただこの角は、後手のあの3一の角と
飛車との交換で得たもの。馬を作ってもすぐ急所に効くわけでもなく
後手の粘りが徐々に勝負をむつかしくしていたようだ。
この後も後手は果敢に攻め合いを挑み、猛烈な追い上げを見せる。

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終盤戦突入の口火を切ったのは深浦九段。
▲8二銀までのシンプルな詰めろ。
△同歩なら馬が9一に突撃し、先手指せそうとは控え室の評判。
本譜も△同歩▲9一馬と進むが――。

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しかし、ここで後手が反撃の香打ち。
先手が手抜けば香を成り込んで▲同玉に△8四飛で
勝ちになる順が見える。時間を使った深浦九段は
当然▲8六香と受けるが、あれほどまであった差が、
少なくとも後手勝ちの順が見いだせるほどには接近してきた。

時間もここまで久保九段が先行して消費してきたが
このあたりで深浦九段もほぼ並ぶ。
22時30分頃の局面。ホームストレートを前に二者横一線。
ここから60手以上の激闘が始まる。

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先手が猛攻。
後手玉を元の5一まで引かせ、挟撃形を作る▲2三と。
竜が1三に引いて守りに利かすことを防ぎつつ、▲3四桂を見せて
玉が4筋から逃げることを阻止している。

棋士室では、
「ここで厳しい手がないと後手がつらいと思います」
と、再び先手持ちの声。

しかし次の一手。
久保九段がその才気を迸させる。

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こんな手があるのか。

衝撃の一着、△1九と。
棋士室から悲鳴にも似た歓声が上がる。
ただ虚空を掴むような、戦場から遠ざかる端へ。

冷静にみれば、次に△2九竜を用意した手。
先手は4九の金が守備の要、そして先の2三のと金が抑えの切り札。
そこに同時に圧力をかける手になる。
実現すればどちらかを受けなければならないため、後の先になりうる。
先手がそれまでにある程度決める形が作れないと
決まってしまう可能性がある一手。

しかし、そのために何もない1九にと金を外す。
とても見える手ではない。それをこの土壇場で。

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その△2九竜は90手目に実現。
先手は棋士室で「先手が残している」と見られていた▲3一ととせず桂で受けた。

実際には、感想戦によると、攻め合う▲3一とは後手勝ち。
ゆえに受けざるを得ないのだが、すでのこのあたりでは
後手が局面をリードしていたようだ。

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後手は竜を引いて2三のと金を払い、先手の圧力を緩和。
この香打で角を封じつつ、玉頭に圧力をかける。後手よし。

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先手も挟撃形を作って攻め込むも、直前の▲2三角成は詰めろではない。
後手は1分将棋のなか、それを読み切って竜を走る。
この段階で、先手玉はほぼ詰んでいたようだ。

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凄まじい激戦に終止符。
終了時間は0時56分、
投了図以下▲9五玉△9四銀▲9六玉
△8五銀▲9五玉△9四歩までの即詰み。

勝った久保九段、敗れた深浦九段ともに1勝2敗となりました。
感想戦は約2時間30分も行われ、全ての終了は3時25分頃。

やはり△1九とが衝撃的で、実際にそれが勝因の一つとされたようですが、
感想戦では「既にその局面では(その手もあって)後手が余していた」とされており、
それ以前の局面がよく調べられたようです。
先手がよかったはずが、どこが後手に追いつかれるポイントとなったのか、と。

結論的には、久保九段の粘りを許す順となった45手目以降は
「(先手が)勝てない将棋になってしまってるんですかね」(深浦九段)として
終わったようですが、裏を返せば
その後に粘って、かつ、信じられない手を出さなければ
後手が勝つことはなかったということだったのでしょう。

△1九となんて見えないですよ。そういう手が世の中にあるんですね。感心してちゃいけないんですが
(深浦九段のコメント)

この対局ばかりは「諦めなければ活路はある」、というような
一般的な言葉でまとめるべきではない。
その上で、時間に追われながらも相手の想像を上回る手を指してこそ
トップ棋士相手に勝ち負けの勝負ができる。十分に人外の域。

やはりA級は化け物だらけだ、と改めて思った一局でした。