二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦2回戦 屋敷伸之九段-久保利明九段 そこに楯はなくとも。

第72期順位戦【A級】【B1】【B2】【C1】【C2】

竜王戦もきになるところですが、
8/9に行われたA級順位戦▲屋敷九段-△久保九段戦をいまさら紹介。

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B級1組が4回戦まで進行しているところ、
A級順位戦はこれが2回戦最後の対局。ともに1回戦は敗れており
必勝を期す状況で2回戦を迎えました。

対戦成績で分がいいのは久保九段。通算6勝1敗と大きく勝ち越しています。
ただし、最後の対局では屋敷勝ち。しかも、順位戦では11連勝中の「先手屋敷」。
相性か、データか。屋敷九段の先手連勝記録はどうなったのか。

対局は、ゴキ中vs.超速。終盤までもつれる激戦となりました。


先手屋敷九段-後手久保九段。

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後手はゴキゲン中飛車。久保九段は石田流から藤井システムまで
様々な振り飛車を指しこなすが、A級順位戦では中飛車を連採した。

後手番戦略として猛威を振るったゴキ中だが、
最近では先手番の対策が浸透し、A級ではここのところ数字を残せていない。
ただし、久保九段は対屋敷戦で過去7戦中5戦で中飛車を採用し
4勝1敗としている。ここでも相性か、データかが問われている。

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先述した対ゴキ中対策の最右翼とされている超速3七銀。
6八玉型のまま、早繰り銀の要領で▲3七銀→▲4六銀と急ぐ。
4六の銀に5筋を守らせてから玉を7八に動かす。
どうせ角が壁になるのなら、囲いを急ぐより5筋での反発を優先させよう、
という発想が優秀で、開発した星野三段は2010年度の升田賞を受賞した。

超速は、A級では対ゴキ中相手に16勝2敗1千日手とまさに圧倒している。

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後手は美濃囲いに組んで飛車先を交換し、下段まで下がる。
中飛車では半ば約束動作だ。
この後、先手は▲5五銀右とした後、飛車を5筋に回し、
銀を挟んで飛車が向き合う形となる。
ここまで前例があるとはいえ、
順位戦(持ち時間各6時間)とは思えないくらいどんどん進んでゆく。

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いわゆる「菅井新手」のひとつ(△4二銀から△2四歩)から
角で2筋の歩を交換。△5七歩をみせて先手の飛車にプレッシャーをかける。

ゴキ中は、超速3七銀との戦いの中で様々な試行錯誤を強いられているが
その中で数多くの工夫を見せているのが菅井竜也五段。
「菅井流」やゴキ中にからむ新手を次々と生み出し、
昨年度の升田賞候補にも挙げられていた(藤井九段が受賞)。

この順は、先手に千日手を見せて牽制する狙いも含まれている。

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まだ前例に沿って戦いが続く。屋敷九段は激しい変化を選んだ。
踏み込んで銀を捌く。△同角で1九に馬を作られるラインが開くが――。

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あえて馬を作らせ、捌いた銀で後手の飛車を取りに行く。
この瞬間に先手も1一に馬を作るラインができているのだが、
後手飛車をどうにかしないと、△3三桂が馬取りになってしまう。

一方、後手はここで飛車を3一に逃げると、
▲6一銀不成から5筋を突破され、それは痛いどころの騒ぎじゃない。
つまり、後手の飛車は助からない。
この順になれば、振り飛車側は飛車を失うことを覚悟しなければならず
実際久保九段も「予定の進行」とのことだった。
振り飛車側にはそれでも指せる、という気概が必要のようだ。

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昼食休憩の局面。51手も進んだ。
それぞれ1筋に馬を作り、駒割りは飛銀交換で先手の駒得。
後手は囲いが先手に比べて整っていることが強み。
手番であることと、手持ちの銀2枚を有効に活用したい。

それにしても展開が早い。
ともに消費時間は1時間に満たず、少なくとも1時間近くは
早指し(1分以内に着手)だったことになる。
展開も激しく、控室では夕休前に終わってしまうのでは、
との声も出ていたという。

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が、午後から長考合戦となり、これが夕休時点での盤面。
互いに相手陣に入った馬が駒を取り合ったのち、
先手は▲2一飛打、▲5七香打の攻め。
後手は自陣を固めつつ、△5五香打の反撃まで。

先手は駒得のうえ、飛車、馬、香成が後手陣に攻め込み
ペースを握っているようだが、次に△5七香成が入ると
先後の囲いの差が露わになる。
特に、先手陣は2枚の一段金がデフォルトポジションだ。

まだ難解な状況。これまでの戦線は5筋から1~4筋周辺だったが
これ以降はついに相手玉に対する攻撃に移ってゆく。

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後手は銀4枚を独占していたが、ここで最後の銀を自陣に打ちこみ
攻め入る馬と竜に利かす。ここで先手は取り方が難しい。
飛車を渡すと、囲いの差が如実に現れそうだ。

よって、同馬とするのが自然で、本譜もそうなったのだが
先手玉頭に利いていた馬が消えることで、ただでさえ薄い先手陣の
守備力が下がってしまうことになる。
検討室では後手に有望な変化が多いとされていた。

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そして、後手に勝ち筋があるのではないかとみられていた焦点の局面。
先手玉は孤立無援状態。いかにも寄りそうだ。
検討室の読み筋は△4六馬▲5九玉△5七桂不成で後手よし。

ただ、対局者二人はこの筋について、先手よしと結論づけていた。
▲6一銀と詰めろをかけられると、これをほどくのが難しい。
変化によっては即詰みまである。

そのため、本譜では△5四香とした。
▲6五歩と桂を払った筋から進むと
のちの△4六馬が王手飛車になるルート。

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しかし、この▲5八香打が鮮烈なカウンターで
これが決め手だったようだ。以降は後手にチャンスがなかったという。

先の王手飛車のルートでは、この5八の地点に歩を打って
1八の飛車の横利きを止めつつ詰めろをかけ、
△4六馬(王手飛車)で勝負をかけるという流れだった。

この香打が「敵の打ちたいところに打て」、かつ、
馬が動いたのちに香を狙撃することもできる
(先手が竜を引く必要がないから先手の攻めが緩和されない)ため
後手の攻めが続かない。また、懸念されていた一段金も活用のめどが立つ。

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そして投了図。銀のただ捨て。
同歩は空いたスペースに金の打ち込みから即詰みとなる。


というわけで、屋敷九段が久保九段をかわし
先手番連勝を12にまで伸ばして1勝1敗としました。
敗れた久保九段は0勝2敗。

正直なところ、終盤は先手玉の周りに何もなく
後手の2枚の馬による遠距離攻撃で、先手厳しいという印象だったのですが
後手に決め手という決め手はなかったようです。

先の焦点の局面。

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ここが感想戦でかなり深くまで掘り下げられたようで、
後手の最善手は△4六馬。ただし、▲5九玉に△5七桂不成ではなく
△5一歩だったという。この手は菅井五段が指摘。

ただしそれでも▲同竜と引けば先手が残していたとのこと。
もっとも、先手は竜を引くと後手玉への攻め手が失われるので
極力そういう形にならないような手を尽くすことを考えていました。
先手が最善手を指し継ぐのは相当難易度が高かったのではないかと思います。

だから、仮にこの手順が指されていたとすれば
後手勝ちの変化になっていた可能性は捨てきれない。
久保九段も「(先手がわずかに余しているにしても)
△4六馬▲5九玉△5一歩と打つべきでした」と感想を述べていたといいます。


ともかくも屋敷九段の先手番連勝(後手番必敗)は継続となりました。
次の先手番は5回戦で羽生三冠!
続く6回戦では渡辺竜王相手に先手番という流れ。

うむう、やはり3・4回戦の連続後手番(谷川・郷田)も重要でしょう。
ていうか、重要じゃない対局なんて一つもないという恐ろしさ。
本当にA級は棋神の棲家ですね。

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