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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




羽生善治「銀が俺にもっと輝けと囁いている。」

という名の、「羽生の銀」2012年度まとめ。(なんなの)

羽生三冠は「好きな駒は」と問われ、
即答で「銀ですね」とおっしゃる正真正銘の銀将厨ですが。

すでに伝説となっているNHK杯の

など、実際に数ある歴史的鬼手には銀が絡むことが多く、
それは本年度でもあらわれました。

年度末の今、「羽生の銀」を振り返ってみようかと思います。

2013.3.10 第62回NHK杯 対郷田真隆棋王 △8六銀

つい先日放映されたNHK杯準決勝から。
棋譜は当方の記事に

後手羽生二冠のゴキゲン中飛車に対し、
郷田棋王が超速4六銀で迎え撃った本譜。
中盤以降、奇をてらった感のある羽生三冠に対し
丁寧な指しまわしで応じた郷田棋王が優位に立ちますが
終盤で双方時間が無い中、棋王の寄せに緩手が現れる。

手番を得た羽生三冠が寄せの手順の中で放ったのが△8六銀。
攻防の要である銀を手順の序盤にたたき切り、
駒台に2枚ある桂馬を詰みに回す。
指されるまで解説の先崎八段も、指された郷田棋王も読みに入っておらず
それゆえ驚愕の一手となりました。

現代ではテレビ棋戦に限らず、中継されている対局の場合、
将棋ソフトで盤面を読み込ませながら観戦するというスタイルが定着しつつあって、
そのために観戦者が解説や当の対局者よりも先に
詰み筋を知るということがままあります。
本譜では実際、103手目の段階で某ソフトは先手玉の詰みを指摘、
それは、先崎八段が解説で述べていた「竜を切って△6九銀から」の筋で
これも秒読みの中では相当に難易度が高い。

しかし、羽生三冠が見つけたのはソフトとも異なる詰み筋で
しかも本人は直前まで自身の受けを全力で考えていたのだから
驚異的としか言いようがありません。

もともとこの対局では、序中盤に後手番の羽生三冠らしいというか
曲線的な指しまわしが裏目に出たこともあり、
終盤の厳しい展開は作戦ミスの結果ともいえるのですけれど、
それでもあきらめずに攻防の最善手を追究したことで生まれた一手。

ミスもあるが鬼手も現れる。
対局者の苦悶の表情とあわせ、棋士同士が対局するが故の魅力に満ちた
対局だったと思います。

2013.2.1 A級順位戦8回戦 対渡辺明竜王 ▲7七銀

少しさかのぼってA級順位戦のラス前の羽生−渡辺。
棋譜は同じく当方記事にあります。

これは鬼手や名手というより、棋譜を単純に眺めるならば迷手に近く
それゆえに「羽生マジック」という表現がふさわしい一手のように思います。
今期名人戦挑戦を決定づけた一手と言っていい。

状況を整理しておくと、8回戦を前に名人戦挑戦権争いは
6勝1敗で羽生三冠がリード、
以下2敗で三浦八段、渡辺竜王が続いており
このラス前で羽生−渡辺の大一番。
羽生三冠が勝てば名人戦挑戦に大きく近づく上に渡辺竜王の脱落が決定。
渡辺竜王が勝てば、最終9回戦に望みをつなげるうえ
プレーオフを経ての初の名人戦挑戦の目も出てくる状況でした。

そして、後手で横歩誘導という、
渡辺竜王にしては(その当時)珍しい戦型選択の末に
先図面の局面に至り、検討室や観戦者からは「竜王優位」との評判、
竜王が勝ちをつかみかけた中で、羽生三冠の手は
傍目には緩手にしか見えない▲7七銀。

この辺の空気は、棋譜コメントを見てもらった方が早いでしょうか。

#105 ▲7七銀
銀の移動合いで対応した。▲7七歩の合駒では、もしかすると先手玉に詰みがあったのかもしれない。とはいえ銀で合駒するようでは苦しい。平凡に△7七同歩成が詰めろになる。

#106 △2三歩打
渡辺の手が自陣に伸びた。△7七同歩成では何か不安があったのか。△2三歩は、▲同竜なら竜の横利きがなくなるので、一気に詰ましに行く狙いのようだ。

#109 ▲3三竜
後手玉はこれで詰めろになった。「ここで詰ますということでしょう。しかし、簡単じゃない。もし詰まないと先手が勝ちになります」(検討陣)
「いや、これは詰まない気が・・・」(控室の金井恒太五段)
モニターに頭を抱える渡辺の姿が見える。これは事件が起こったか。

事件は対局室で起きていた。

羽生、渡辺ともに105手目の段階で実際の状況(渡辺勝勢)とは異なり
羽生勝勢(後手玉に詰めろがかかっている)と考えていたため、
羽生三冠は悠然と受け、渡辺竜王は直後に
自陣に手を入れざるを得なかったという。

結果としてその後、後手玉に正真正銘の詰めろがかかり、
羽生三冠が勝利。次の9回戦でも勝ち、名人戦挑戦権を獲得しました。

羽生三冠と渡辺竜王は、対局直後の大盤解説会に参加したのですが
どうもそこではじめて105手目の段階で
後手玉に詰めろがかかっていなかったことが両者に伝えられたようです。

呆然と大盤を見つめる羽生三冠と渡辺竜王。
木村八段に説明を受けても、ほとんど何も言葉を発せない。
「詰まないのか・・・」

頂点を分かつ二人でも見切れなかったその時点の形勢。
それによって、最終的には名人への道が開かれ、閉じられてしまう。

将棋における形勢は、事実以上に対局者同士の認識によって可変する。
それに基づく攻防は、もはや錯覚ではなく事実になるのでしょう。

将棋というより「対局」の奥深さを感じた一手でした。

2012.10.3 第60期王座戦第4局 対渡辺明竜王王座 △6六銀

やはり渡辺竜王戦。(当時は王座と2冠、この局で失冠しましたが)
棋譜中継サイトで。

千日手局の△6六銀も歴史的名手になるのでしょうが、
というよりこの王座戦第4局自体が「伝説の一局」として
語り継がれるかもしれません。

中継したニコ生は指し直し局終了まで放送。
将棋中継史上最多となる総閲覧数37万を叩きだし、
私はいまだにこの動画をたまに見ては、心の震えを再確認します。
そして、この一手ばかりは、動画を見てもらった方が早い。

「将棋に興味がある」程度の立ち位置だった私が
将棋にはまり込むきっかけとなったのもこの1局でした。

羽生二冠が王座奪還に王手をかけて臨んだ第4局は
後手番の羽生二冠が二手目△3二飛と仕掛けるも、
徐々に局面が落ち着き、終盤は7〜9筋にかけての苛烈な玉頭戦に。

形勢が二転三転する中で、互いに時間が10分を切った最終盤には
渡辺竜王王座が詰めろをかけ、
王座優位に触れたかと思ったところで△6六銀。

「敵の打ちたいところに打て」。

ただで銀を捨てて、▲6六桂の詰み筋を消し
△8八角成からの「詰めろ逃れの詰めろ」。

検討室からは「え?」「あれ?」「何これ?」との声が上がり
行方八段は「マジックだ」と小さくつぶやいたという。

ニコニコ生放送の浦野八段からは
「えー!なにそれ!」
「ようこんな手思いつきますねしかし」
「銀タダですよ」「あれれれ?」

と感嘆(と困惑)の声が上がる。

渡辺王座も全く読みに入っておらず、羽生二冠自身も
直前まで見当たらなかったという手。
最終的には千日手になるのですが、
名局賞候補にふさわしい、素晴らしい一局でした。

この一手によって突入した指し直し局では
先手番となった羽生二冠が相矢倉戦を制し、王座奪還。
対局開始から17時間の死闘に幕を下ろしました。

この△6六銀について、羽生三冠は本年1/1の日経新聞本紙において
△6六銀には▲同歩ではなく▲7八銀上とすれば
難しいが先手勝ちがあったとして、
検討室や浦野八段が指摘していた△7一金が最善だったと
述べているそうです。(本紙を見ていないので詳細不明)

また、竜王戦のニコ生に羽生三冠が解説で参加した際には
その前の段階で先手勝ちがあったのではないか、と指摘しています。

とはいえ、時間に追われた中で
プロですら誰も思いつかないような手を
タイトル戦の最終盤に指すことの意味を考えると
「最善」の意味も違ってくるように思います。
事実、この一手があったからこそ、
指し直し局での優位があったのかもしれませんし
見ている人もそう思ったでしょう。

それでもストイックに「最善」を求め、検討を絶やさない。
もはや人智を超えている羽生三冠の強さは、
そういうところにあるのかもしれません。



以上、長くなりましたが
有名どころばかり3局を取り上げました。
どちらかというと、私のメモとして作ったようなものなのですが
間違ったところがあったら訂正しますので指摘ください。

三局ともそうなのですが、
それぞれ「必ずしも最善手ではない」というところが興味深い。
だからこそ、面白いってことなのでしょう。