読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第73期名人戦第3局 行方尚史八段-羽生善治名人 先よりも疾き後。

将棋 名人戦

羽生善治名人に行方尚史八段が挑む第73期名人戦は第3局。

第1局を羽生名人が、第2局を行方八段が、
それぞれ後手番で勝ったことで、
この第3局がシリーズ全体の方向をきめそうな雰囲気。

f:id:nisin:20150509121353p:plain

対局は5/7~5/8、島根県松江市「松江歴史館」。
力勝負だった第1局、第2局から
第3局は角換わり腰掛銀定跡形の最先端へ。

その未知の領域で、それぞれの研ぎ澄まされた感性が
静かに、深く、衝突しつつ、新たな地平を拓く。

熱戦となりました。

第3局1日目

棋譜中継】(応援掲示板)
 ※ ともに「名人戦棋譜速報」(要会員登録)

名人戦は2日制各9時間。
第1局の振り駒により先手行方、後手羽生。
本譜は▲7六歩△8四歩▲2六歩から角換わりに。

f:id:nisin:20150509182236g:plain

午前9時対局開始から双方じっくり時間をつかい、
1日目午前11時に相腰掛銀となった。相居飛車戦の主力戦型には
矢倉、相掛かり、角換わり、横歩取りがあるが
その中で現在、一番研究が盛んなのがこの角換わり腰掛銀だろう。

純粋に流行している。
例えば名人戦の挑戦者を決める昨期A級順位戦
トッププロによる年間45局で最も指された戦型が角換わり(11局)だった。

この1年、戦法の中心だった横歩取りスペシャリスト度を高め、
後手矢倉が△4五歩「塚田流」により再考された結果、初手▲7六歩に、
「矢倉を指したい後手(2手目△8四歩)」と
「矢倉を避けたい先手(3手目▲2六歩)」の思惑が重なり
角換わりが成立する率が上がっている。

角換わりを制さずして棋界を極めること能わず。
2局続いた力将棋から一転。
最先端の、その先の領域における感覚を、名人戦の場で問う。

f:id:nisin:20150510125326g:plain

1日目午後1時44分。ここ数手が現代角換わり腰掛銀の課題局面。
△7四歩型待機策に▲6八金右。

この▲6八金右は昨年(2014年)前半から採用数を飛躍的に伸ばした手で
対局日現在でも6割2分以上の先手勝率がある。
ものすごく単純化していうと、「穴熊を含みにした手」。
一目、△5九銀や角の筋があってバランスが悪いようだが
後手から速い攻めがないと▲9八香から穴熊に囲って
先手玉を盤上遥かに遠退ける。△7三桂を保留していることを咎めてもいる。

△4三金と4四の地点に数を足すなら▲9八香と穴熊を目指す。
では△1二香と後手から穴熊を目指す...と

▲5八金と元の位置に戻して、△1一玉▲4五歩△同歩▲1五歩△同歩▲4五銀で、先手が主導権を取る展開になる。(41手目棋譜コメント)

先手には▲2五歩を保留しているため▲2五桂もある。
△7四歩型は後手の飛車と玉双方のコビンが空きやすく
角打ちで間接的に睨まれると受け一方になりがちだ。

後手に手を渡すものの、後手にプラスとなる手がなかなかない。
現代将棋の鉄則、「隙あらば穴熊」を含みに先手が勝ち星を重ねた。

f:id:nisin:20150510125413g:plain

そんな流れの中で、昨年7月に指されたのが
「豊島新手」と呼ばれる△2四銀。

f:id:nisin:20150510145156p:plain

この対局で副立会人を務めた豊島将之七段が
丸山忠久九段戦(順位戦B1)で指した。
この対局を含め、当初は結果がでなかったが、
王位戦第3局で木村八段が採用するなど、後手の有力手として認識され、
棋譜コメによるとこの名人戦が既に27局目。
後手が勝率を伸ばしてきている。

渡辺棋王も「先手が対策を求められている」(『将棋世界』2015.5)と評価する手。
意味としては▲2五桂を先受けしながら△3五歩と桂頭を狙う、のだが
先手の飛車が回っている4筋のガードを外してもいるので相当みえにくい。
というより相当危なくみえる。

つまり、「穴熊を捨てて▲4五歩と攻めてこい」と誘っている。
それでも先△5九角の筋で攻め合って「十分勝負になる」という駆け引きだ。

先手がこの誘いに乗って▲4五歩とすると開戦、一気に激しくなる。
一方、△2四銀自体を咎めに行く▲2五歩や▲2八飛とすると
「比較的ゆったりとした流れになる」(豊島七段)。

行方八段は後手でこの局面を持って2勝。
先手ではどの手を選ぶだろうか。

f:id:nisin:20150510172641g:plainf:id:nisin:20150510195444g:plain

先局面図から▲4五歩△同歩▲同銀△5九角で左図。

行方八段は仕掛けた。開戦、そして加速する。
後手の羽生名人は4五の地点で先手に駒の精算を許すかわりに
△5九角から先に馬を作る狙い。
ここからは先後決定的な順はなく、模索が続く。

さらに▲3八飛△4五銀▲同桂△4四銀打▲2五歩△同銀▲6三角打で右図。
一手前、△2五同銀の局面は、羽生名人も行方八段も
後手を持って指したことがあり、勝っている。

羽生名人の前例は今年1月の朝日杯本戦、丸山九段戦
ここで丸山九段は▲2八飛だった。
行方八段の前例は昨年12/24の棋聖戦二次予選、広瀬八段戦。
広瀬八段は▲6五歩としている。

これらを踏まえ、行方九段は▲6三角打とした。
前例は1局、今年3月の永瀬-岡崎戦(順位戦C2)だ。
この▲6三角打が現局面における最新の先手勝利譜。
△2六角成▲2八飛△3六馬▲7二銀打と進んでいる。

後手が馬を活用したときにとられそうな4五の桂に紐をつけながら
▲7二銀打から飛車を取りに行く。後手右辺の攻撃力を削ぎつつ
比較的発生率が高い相入玉の展開となった時にも優位を保つ。
むろん▲7四角成から馬をつくったり、
4一の地点への利きから寄せにも使えそうな位置。

ただし、この瞬間はなんでもないので後手から何か仕掛けが効くかもしれない。

f:id:nisin:20150510205729g:plain

これをみて、羽生名人は△4七歩打。新手だ。
前手▲6三角打からわずか4分で指されている。用意の手だろう。
そして、ここが封じ手の局面となった。

狙いは次に△4八歩成のB面攻撃。
と金を作りつつ飛車の横利きを止める。副次的には▲4八銀打を消す。
うまく馬とと金を作れれば、最終盤の一手争いに先着できる可能性が増す。

この手自体は新手だが、組み合わせの異なる類似局面は存在する。
例えば昨年12/25の佐藤天-村山戦(順位戦B1)。

f:id:nisin:20150510211612g:plain
2筋や8筋、それから馬を作る手順前後はあるが▲6三角に対して△4七歩とB面攻撃を見せるのは同じ。結果は先手勝ちだが、最終盤までもつれている(幻の△9八金があったとされる)

ただ、佐藤天-村山戦もそうだったが、この手も即効性がある手ではない。
どちらかというと飛車をいじめる手を含ませつつ相手に手を渡し、
局面を作らせてそれを利用するのが狙いの、羽生名人特有の「柔らかいパス」だろう。

パスを受けた行方八段はどう応じるか。
佐藤天-村山と異なり、先手は▲6三角打の前に▲2五歩△同銀を入れているため
▲2八飛とあたりを避けた手が銀取りの先手になる。
また角が5九にとどまっているのも狙いになりそうだ。

羽生名人の持ち駒は歩1枚、先手はうまく指せば有利を築ける勝負どころだ。
というところで1日目が終了。封じ手となった。

駆け引きを行いながら前例を絞り込んでいった1日目から
2日目は冒頭から未知の領域に挑む。

激しい変化を内包しつつ、決着の風景はまだ見えない。

第3局2日目

1日目終了時点の消費時間は、
先手行方4時間46分、後手羽生3時間15分。
封じ手の考慮時間が1時間16分だったので、そこで時間に差がついている。

「どんな将棋にしますか」
未知の局面からの羽生名人の手渡しに、
行方八段の出した答え、は、▲5八金だった。

f:id:nisin:20150512205706g:plain

井上慶太九段、久保利明九段、豊島将之七段、
菅井竜也六段、そして香川愛生女流王将。関西の錚々たるメンバーが集う控室で、
封じ手の最右翼に上げられていたのが▲3五歩の突き捨て。

次に▲3四歩が入れば、後手のコビンを睨む位置に
拠点を作る大きな取り込みになる。

【参考図】


ということで△同歩と取ると、▲5八金で角を追われた時、唯一の逃げ場である△2六角成が狭い。
▲3七銀打の追撃で△2七馬と飛車取りにかわすと、▲3三桂成と桂を捨てた手が突き捨ての効果で王手馬取りになっている。


封じ手から▲3五歩△同歩▲5八金△2六角成▲3七銀打△2七馬▲3三桂成】

一方、△4八歩成では▲2八飛とかわした手が銀取りの先手。
また自ら角道をとめているので▲6九金といく手もあるか。

このように▲3五歩は城攻めを見せて後手玉周りに圧力をかけていく方針の手。

一方本譜▲5八金の狙いは、5九の角を封じ込めつつ攻守のバランスを整える手だ。
控室では菅井六段が言及し、ニコニコ生放送で解説していた真田七段が本命視していた。

では、真田七段、▲3五歩はどうだったのか。

△2六角成▲3四歩△3六歩▲2八飛△3五馬に、▲3三銀△同桂▲同歩成△同銀▲同桂成△同金右と攻めたつもりが後手陣をマッサージしているということもありそうです。後手玉が上部に脱出しやすい形になっています。

実は感想戦で行方八段は当初▲3五歩を読んでいて「▲5八金は予定変更」としていた。
予定変更の理由は語られなかったが、真田七段が言うように
「後手玉が上部脱出する形になりかねない」、と考えたのかもしれない。

多くの棋士から豊島新手が評価される理由、
その一つには「後手玉が上部脱出がしやすい」という点があると思われる。
豊島新手2号局は、上記した王位戦第3局(羽生-木村)だが、
これはタイトル戦では22年ぶりとなる持将棋局となった。

実は初号局も相入玉含みの熱戦で、
先ほどの村山-佐藤天も入玉の可能性が指摘されていた。
豊島新手では、つくりの過程で2四の銀が△2五銀と吊り上げられやすいものの
それは上部脱出という意味では幸便になっている。また、5九に打った角は
先手右辺で馬になっていることが多く、これも入玉の時にプラスとなりやすい。

軽々に後手陣に手を付けると、仕留めそこなう可能性が高い。
そう読んだのかもしれない。

f:id:nisin:20150514233302g:plainf:id:nisin:20150514233946g:plain

逃げる馬を追うように金を走らせ、4七の歩を払いながら追い込む。
豊島新手は、先手に4筋から攻め込ませる代わりに
△5九角と割り打って馬を作りに行く手順だった。
裏を返せばこの馬がよく働けば後手がよく、封じ込めれば先手がよいのが理屈だ。
現段階では馬が狭い。後手は馬を取られぬよう策を練らねばならない。

その手段が右図、駒の連結を断つ△4六歩打。
▲同金△3七馬と飛車金取りをかけて▲4九飛と引かせ、馬の可動域を広げる。
ただし、その代償として後手は歩切れ。というかすべての駒を手放した。

先手は次に▲7四角成が馬を作りながら自陣に利かす大きな手。
後手は手を止めてはならないが、歩切れではその手段も限定されている。
ここにきて控室の評価は「先手模様よし」に傾いていく。

f:id:nisin:20150515071008g:plainf:id:nisin:20150515075714g:plain

後手の狙いは6八から進出して盤中央付近に陣取る4六の金。
△4八歩打と飛車をどかせば△4六馬でこの金を排除しつつ
攻防の利く好位置に馬を持ってくることができる。

ただ、後手には歩がなかった。
そのため△9五歩▲同歩△7五歩▲同歩(味付け)△9五香▲同香を入れて
香1枚を犠牲に1歩を入手し△4八歩打。苦心を思わせながらも手を作る。

が、封じ手の局面でも触れたが、飛車を▲2八に回る手が銀取り。
△4六馬▲2五飛と金銀を取り合い、
飛車取りに馬を動かした右図の局面をどうみるか。
控室の豊島七段の見解は「先手がよくできそう」。
ただし、候補手としてぱっと見ても▲3三桂成、▲2九飛、▲2九香があり
「具体的な手となると難しい」とのことだった。

行方八段の選択は――

f:id:nisin:20150515161635g:plainf:id:nisin:20150515213444g:plain

どれでもない、▲4三歩打。敵陣に直に手をつけた。

左右どちらの金で取っても形を乱され、
かといって放置して飛車を取っても守りの金をはがされ、
再びと金を飛車と金のどちらで取るかとの二択を迫られる。

先手は飛車を渡すと△9七歩が詰めろになるので
指しづらいとみられていたのか、検討には上がっていなかった手。
しかし、指されてみると「好手かもしれない」(ニコ生中村太地六段)踏み込み。

結局、羽生名人は33分を費やして飛車を取る。
以下、▲4二歩成△同金▲2七香打で右図。
行方八段は▲2七香打に57分を投入。馬取りで玉頭に迫る。

後手は攻め合うならここしかない。
控室では△7六歩打▲同銀△5八馬の筋を検討。
△7六歩打▲同銀を入れて馬を逃げる手を銀取りにして攻めをつなぐ狙い。
波状攻撃となっていけば相当の迫力だ。

ただ、先手からは次に▲4三歩打がある。
これは△7六歩打よりはるかに厳しい。

局面は終盤の寄せ合いに入っている。求められるのは攻防に明確な直接手。
どれだけ厳しく、どれだけタフな手を指せるか。その点では先手が勝り
だからこそ控室でもまだ難解ながら先手よしの局面だと考えられていた。

f:id:nisin:20150516172614g:plain

そして、だからこそ驚愕の一手となった、80手目△5八馬。
△7六歩打を入れず、ただ馬を逃がす。

一目ぬるい。直接攻防に利いていないようにみえる、
凡庸な、しかし、異端の一着。

控室では誰も予想しておらず、現地大盤解説の菅井六段も困惑を隠せない。
先手陣に直接当たる駒がないのなら、例えばここで▲4三歩打はどうか。
後手がここでパスするようでは、条件的には先手は後手より速く
攻め切れそうにみえる。

しかし、前手に約1時間をかけた行方八段が、
20分、30分と消費時間を費やすにつれ、
「もしかして難しいのではないか」との声が広がり始める。

例えば▲4三歩打から、△3二金▲4二金打で後手玉は相当に厳しい。
よって後手がここで反撃するが、
①△7六歩打では▲4一角成で、
②△9七歩打では▲9九歩△9六飛▲6八金で、先手が余していそうだ。
しかし、③△6七金打では?

△5八馬は、羽生名人の苦心の手渡し。
しかし、「その次」に敵陣を一刀に断つ意思を込めたパスだった。

大盤会場の菅井六段はこう表現する。

「先手じゃないのに先手より早い」
つまり、△5八馬が銀取りでもないのに銀取りより早い。
https://twitter.com/osajii56/status/596591430216261632

そして付け加えた。
「なんかこれ...羽生先生のが良かったりするのかな」

確かに流れは変わりつつあった。

f:id:nisin:20150516202758g:plainf:id:nisin:20150516204210g:plain

受けた。

行方八段は61分をかけて▲6八金打。連続長考で残りは32分。
先③の△6七金打を消す手。
ほぼ唯一の、しかし見逃すことのできない
後手の変化をつぶすわけだから、悪手ではない。

局面的にはしっかり受け止めればまだ先手が勝つはずの局面。
しかし、どうしても後手の勢いに気圧された感は否めない。
いつしか先手優勢ムードは消えている。

時間のない行方八段は急ぐしかない。時間をかけずに
△7六歩打▲5八金△7七歩成に▲同玉と出て右図。
6三の角を頼りに上部脱出を図る。

f:id:nisin:20150516204627g:plainf:id:nisin:20150516210122g:plain

しかし、行方八段が▲7七同玉を指した瞬間にみえたという
この△6九飛打が形勢反転の印象を決定づけた。
次に△7六歩▲同玉として△6五銀と歩頭に銀を捨てる手が強烈。
▲同歩は△6六金で一手詰みだ。

先手は暴れていくしかない。香の利きを生かして玉頭に手を入れてから
右図▲7六銀打が「根性の一手」。▲7一角△8四飛▲8五銀などと
上部開拓できればまだまだ戦いは続きそうだ。
行方八段は残り8分。

f:id:nisin:20150516210632g:plain

しかし、羽生名人はここで時間を残していた。
飛車取りを逃げず包囲網を敷き、この△8六金打が決め手。

f:id:nisin:20150516234855p:plain

行方八段もがっくりと肩を落とす。

f:id:nisin:20150516211303g:plain

銀と龍の連携で追い込んでゆく。

f:id:nisin:20150516211404g:plain

投了図。投了図以下は
▲3八玉△3七香▲4八玉△2八竜▲5九玉△3九竜
▲4九歩△4七桂不成▲6九玉△4九竜までの詰み。

2七にあった香までが逆用されて詰む。
「全ての駒が働いて、きれいな投了図となりました。」
とは中村太地六段。

終局時刻は20時33分。消費時間は行方8時間59分、羽生8時間22分。

感想戦、その後。

羽生名人が逆転の末に勝ち、2勝目を上げました。
感想戦で主に触れられていたのは、
やはり羽生名人のキラーパス△5八馬。

f:id:nisin:20150516172614g:plain

感想戦前の行方八段のインタビュー。

△5八馬が本線になかったので……あそこで寄せにいきたかったのですが、手が見えなかったです。

完全に読みを外され、攻めに時間を割いてしまったことを語っています。
ただ、感想戦で先手の攻めについて深堀されましたが、
やはり先手が明快に攻めきる手はついに発見されなかった。
(その1手前、▲2七香では▲2四歩で先手よしではとされた)
よって、次の▲6八金打はあった。

f:id:nisin:20150516204210g:plain

むしろ

本譜▲7七同玉がポカで、指した瞬間△6九飛に気づいて呆れました。

と行方八段が悔いていた上部脱出を含みにした▲7七同玉が敗着。

感想戦コメント】
f:id:nisin:20150516213806p:plain

そのほか、封じ手前の羽生新手△4七歩打の成否や
封じ手の▲5八金についても触れられましたが、
それは今後の棋戦を通じて明らかになっていくでしょう*1

個人的に印象に残ったのは、やはり△5八馬でした。
5九に放たれた角がどれだけ活躍できるか。それが勝負を分けるとしましたが
最後に敵陣に切りこんで、決定的な役割を果たす。

もちろんそれもそうですが、その深さも凄まじい。
この手は控室にいた棋士が誰も想像していなかった手です。
終盤の「手の意味」を求められる局面で相手に手を渡す。

にも関わらず、相手に死の幻想を抱かせ対応を迫った。

つまり後手を踏むにもかかわらず、先手を取るより速い。

むろん、受けられて、それで届かないかもしれない。
それを踏まえても、そこで手を渡せる胆力。
それが行方八段に時間を使わせ、思考の裏を突いた。

盤上では先手を取れなかった馬が、そのとき心理では先手を取っていた。

信じられない。だけれど、それこそが羽生善治なのでしょう。

苦しい時間でどう指すのか。どう生かすのか。
そこでの「棋士の力」が発揮された、見事な勝利だったと思います。


後手番が勝ち続ける番勝負、次は第4局。
5/20、21(水、木)、静岡県静岡市浮月楼にて。

再度の熱戦を期待しつつ。

*1:名人戦第3局の3日後の5/11、竜王戦3組鈴木-野月戦でさっそく△4七歩に控室で有力とされた▲3五歩が登場。途中まで先手優勢とされたが、上部脱出を含みにした後手玉を捕えきれず、最後に後手が勝っている。