二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第86期棋聖戦挑決 豊島将之七段-佐藤天彦八段 頂点への渇望。

はてな記法忘れた(あいさつ)

お久しぶりです。また時間があるときに
ぽつぽつと書いていければと思います(書くとは言ってない)

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羽生棋聖への挑戦者を決定する第86期棋聖戦挑戦者決定戦は、
20代の棋士同士による対決。豊島七段と佐藤天八段となりました。
豊島七段が勝つと昨期王座戦以来3度目の、
天彦八段が勝つと初のタイトル挑戦となります。

棋士番号1番ちがいの、東西の若き精鋭による決戦。
お互いの意地とプライドが激突した熱戦となりました。


棋譜中継】(中継ブログ

棋聖戦挑決は持ち時間各4時間。
振り駒の結果、先手豊島七段、後手佐藤八段。
過去の対戦成績は豊島6勝、佐藤5勝。

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3手目からやや意表の出だし。▲2六歩△3四歩に
先手は早々に飛車先を突き越す。素朴な手に見えて異筋とされている。
メリットとしては飛車先を受けさせることで後手の作戦を制限する。
飛車先を受けるためには後手は△3三角と上がることになるが、
この形では例えば横歩取りや一手損角換わり、ゴキゲン中飛車などが消える。

一方で、先手は居飛車の攻めの中心となる右で「形を決めすぎる」とされ
後手の対応で手詰まりになりやすい。ごく簡単にいうと▲2五桂がない。
結果として勝率が芳しくなかった。
古いデータだが2012年度の先手勝率は.351(『将棋世界』2013.7)。
先手番の作戦としては成立していないレベルだ。

それでもそれをやるのは、それだけの価値があるからだろう。

この対局までに、佐藤天彦八段は13連勝。
2015年に入ってから負けがなかったがその原動力となったのが後手横歩。
棋聖戦トーナメントでは渡辺二冠(当時)を、
並行して行われた竜王戦1組では谷川九段、行方八段と、
並み居るA級ランカーを次々と後手横歩で破っている。

豊島七段は、先手番になったらこの作戦に本局の命運を託す予定だったのだろう。
力戦の相居飛車で、己の力量を問う。

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3手目▲2五歩作戦で近年、もっとも鮮烈な成功例は、
2013年の第71期名人戦第4局(森内-羽生)だろう。
後手角が使いづらいのを見越して先手が藤井矢倉含みの早囲いに組み、
角対抗の相矢倉になった時には先手が大きく手得、そのまま勝ち切っている。

この前例があるため、後手は右銀の活用を優先させつつ、
さらに▲7四歩として急戦の含みを示し、先手の早囲いを警戒。
一方先手は後手の動きを受けて囲いを保留。右銀を5七~4六と進出させ
▲3五歩~▲3八飛をみせて懸案である右辺の攻めに厚みを作る。

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そして対局開始から常に積極的な姿勢を見せていた豊島七段から仕掛けた。
▲3五歩△同歩に▲3八飛。次に▲3五銀から突破を目指す。

この局面、4/8に行われた王位リーグ、千田五段-横山六段に合流している。
おそらく、豊島七段も佐藤天八段も、この対局を下敷きに駒組していたはずだ。

千田-横山では、最終的に横山六段が勝ったのだが、
現局面から△4四銀(3五の歩を守る)▲7九玉(玉形を整える)
△7三角(△6五歩~△1九角成をみせて▲3五銀を牽制)
▲5五歩(△6五歩の時に後手の角道を止める)
と進んだ局面では「先手が作戦勝ちしていそう」(千田五段)との感想があった。

このため、後手に工夫が求められている局面ともいえる。
佐藤八段は、どういう構想で挑むか。

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先図面から△7三角▲3五銀△5四銀▲7九玉と進んで
右四間に構える△6二飛で上記局面。
佐藤八段は3五の歩を守らなかった。
先手は▲3四銀と攻め込む筋がみえるが、後手は次に△6五歩とすると
飛車先を伸ばしながら角道を開けて▲1九角成が狙える。
これは先手の4四銀が動いたからだ。

△6五歩▲同歩では先手の角道も開くが、▲3四銀と攻め合っても
後手に受けられるとさほど響かない。kifulog.shogi.or.jp
△6二飛は昼食休憩明けに指されたが
どうやら後手がペースを握ったようだ。

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それでも先手は▲3四銀から攻めていくよりない。
左図から後手は銀を捨てつつ、と金を作って攻めるが
後手は右図、先手に攻め込ませつつ冷静に飛車の射線をとめて食い止める。

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後手はさらに△6六歩打として先手の角を封じ込める。
現局面、駒割りは銀と桂香の二枚換え、
先手はと金を作り、後手は馬を作っている。
玉形は先手の方が固いが、ただ、大駒の働きが大差。
このため、検討室でも後手がよくなったのでは、とされた。

さらに右図、手裏剣を飛ばす。
盤を広く使い、駒を拾ってリードを広げに行く。格調高い手筋だ。
豊島七段が冒頭から強い主張のある手を指してきたのに対し、
佐藤八段はここまで自然な手を重ねてきている。
控室の感触も「着実な一手」と悪くなかった。
しかし――

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しかし、後手がと金を作って先手の形を乱した後、
放たれたこの▲6四歩の垂らしが局面を一変させる。
放置すれば▲6三銀から金をはがす攻め。後手玉が一気に危険になる。

だが、△同飛としても▲5五銀打がある。飛車銀両取り。
後手玉は見るからに飛車をおろされると厳しいので飛車を逃がすが
飛車を引くと▲4四銀△同歩から▲同角で
封じ込まれたはずの先手角が勇躍、形勢を反転させる。

後手は▲5五銀打を許すわけにはいかない。
よって右図、8筋に香車を重ね打つ。先手は▲6六銀打として
数が足りない8七の地点を受けるが、
銀を使ったことにより▲5五銀打が消えた。
これで後手は次に△6四飛と歩を払うことができる。
後手は急場をしのいだが、形勢は急速に接近した。

そして、豊島七段はその瞬間を見逃さない。

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後手の浮いた飛車をターゲットとして小駒を使って攻め、
飛車を引かせ――

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急所に桂を打ちこむ。金を逃げたいようだが
金を逃げると馬筋を止められてからの▲7二桂成で
飛車を狙われてむしろ危ない。

結果的に後手は玉飛接近を強いられており
先手の単純な攻めがどちらにも当たりやすくなっている。
玉飛接近は先手も同じだが、玉形は大差。
先手は強気に攻め込むことができ、
そしてその手を緩めなかった。

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もちろん、後手もむざむざと土俵を割るわけにはいかない。
左図△7三桂打が巻き返しの一手。
次に△6五桂と跳ねて先手の6筋の拠点を外しつつ、
紐をつけた右図△7七銀の放り込みで勝負をかける。

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だが、先手が▲6二歩と飛車の利きを止めながら
後手の連撃を▲9八玉とかわすと、
はっきりと後手の攻めが続かない。
ずっと苦しかった先手が、ついに形勢をひっくり返した。

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寄せに向かう。左右挟撃形を築き、後手玉を追い詰める。

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21手詰。

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投了図。
以下、△4一同玉▲2三角成△5一玉▲6一歩成△同玉
▲7二成香△5一玉▲6二成香までの即詰み。



序中盤の苦しい戦いを中終盤で逆転した豊島七段が
3度目のタイトル挑戦を決めました。

局後のインタビューをみても
豊島七段はずっと形勢は思わしくないと感じていたらしく
苦しい状況から粘って粘って、逆転してからは
なんとか寄せきるという、そんな棋譜だったと思います。

勝負のポイントとしては、後手が有利を築いたとみられた後の
58手目△2八歩。

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この格調高い手筋とみられた手が疑問手で
もっと露骨に△5七香▲同金と捨てて△4八銀と
飛車金両取りを狙った方がよかった、とされているようです。



今振り返っても冷静に見えた△2八歩打が緩手とは思えないですが
しかし、わずかに隙があったということでしょうか。
その隙を見逃さず、豊島七段が▲6四歩と切り返し、
流れをつかみました。見事な逆転劇だったと思います。

先インタビューでは、豊島七段の決意がみえました。

――五番勝負に対する意気込みをお願いします。
「(タイトル挑戦は)3回目なので、結果を出したいと思います」

7連覇中の羽生棋聖を前にして事実上のタイトル奪取宣言。
謙虚さとは異なる、強い想いを感じます。

振り返ってみると序盤の3手目▲2五歩から
「なりふり構わず勝ちに行くんだ」、という意思が感じられました。
結果的にそれが仇となる展開となりましたが
それでも耐えて勝負に持ち込んだ。

あまり使いたくないが、「執念」だったように思います。

糸谷竜王の誕生により、空いた世代の風穴。

若手の筆頭格としてその名をとどろかせながら
タイトル獲得も棋戦優勝もない現状に
一番納得していないのは豊島将之自身かもしれない。

昨年の王座戦、届かなかった光。
もう一度手を伸ばす。憧れとか自分らしくとかはいらない。
今度はただ、勝つために。

そんな声を聴いたきがしました。

7連覇中の羽生棋聖が待つ第86期棋聖戦は6月2日。
たたただ頂点へ、挑戦者は向かう。