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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




「藤井矢倉」激増の理由 速攻矢倉の現在地。

2/27の第62期王座戦二次予選、藤井猛九段-北浜健介八段では
藤井九段がいわゆる「藤井矢倉」を採用、
打ち歩詰めの筋で後手の攻めを切らすという大熱戦の末、藤井九段が勝ちました。

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この事態に序盤クラスタ(の一部)が何やらざわついています。
もしかすると、藤井矢倉がブレイクするかもしれない、
そういう気配があるからです。

「藤井九段が『藤井矢倉』を採用するのは普通じゃないか」
そう思っていた時期が、私にもありました。
「消えた戦法」を開発者が指し継ぐのはなにも不思議なことではない。

しかし、こと今回に関しては、
また少しニュアンスが違うかもしれません。

2014年に入ってまだ2か月が経過したばかりですが
「藤井矢倉」、あるいはその類似系は、
藤井-北浜戦を含め、既に公式戦で5局現れているからです。

しかも採用した棋士は、藤井九段のほか
森内、渡辺、屋敷、豊島と錚々たる顔ぶれ。

「藤井矢倉」激増の予兆についてまとめてみたいと思います。


本題に入る前に、「藤井矢倉」(藤井流矢倉早囲い)について
簡単に記しておこうと思ったのですが、

概要は木村一基八段にお任せしようと思います。
ざっくり言うと、先手番矢倉戦型の一つで

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① 早囲いから天野矢倉(片矢倉)+脇システム(角対抗)
② (主流の飛車先不突と異なり)早めに飛車先を伸ばす

あたりが特徴。

早囲い+片矢倉による手得を
先手右辺の牽制・攻撃につぎ込んで主導権を握りにゆきます。
角対抗なので角交換が生じやすくなりますが、天野矢倉は角の打ち込みに強いため
角打ちで先攻しやすいというメリットもあります。

一方で、通常の早囲いと同様、玉を9段目ではなく
8段目から入城させることもあって7筋~8筋が薄い。
ここを突かれた時の対応に工夫が必要とされ、
2008年の藤井九段による「発見」以来、作戦は優秀とされながら
実戦例はあまり多くなく、最近ではあまり指されていませんでした。

昨年5月には第61期名人戦第4局で森内名人(当時)が

「優秀な藤井流早囲いをこの出だしに応用できれば、と考えました。悪くなる展開はほとんど見えませんし、失敗しても互角と思えば安心感があります。工夫の余地がいろいろあるのも利点です。」
森内俊之将棋世界』2013年9月号)

と、飛車先を伸ばす藤井矢倉の構想を応用した矢倉戦で完勝をおさめ、
「これは藤井矢倉のブレイクもあるか」と期待されましたが、
3手目▲2五歩戦法を生かすための変則手順ということもあり
その後に採用数が増えるまでには至りませんでした。


しかし、2014年に入り、突如として藤井矢倉(と類似形)の将棋が増える。
1/20から始まった朝日杯本戦トーナメントで一気に3局が指されたのです。

その先陣を切ったのは渡辺明二冠。

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1/20の朝日杯本戦1回戦、阿部光瑠四段戦で採用。

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この後、片矢倉にはなりませんでしたが、藤井矢倉の形です。
途中、指しなれていないせいか構想上反省点もあったようですが、
先手が主導権を離さず攻めて快勝します。

続く1/23、同じく朝日杯本戦1回戦、屋敷伸之九段。

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大平武洋五段戦で用いる。

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大平五段がじっくりとした展開で受けたため、
先手は藤井矢倉の基本形(天野矢倉+▲4六角3七銀)に組めた。

金矢倉に比べて下段の金と玉が右に一路ずれているため、角打ちに強い。
たとえば△6九角がない。△4六角▲同歩△4七角にも強い形だ。(棋譜コメより)

本譜は、大平五段が後手から積極的に動いて馬を作ったが
「全体的に苦しい将棋だった」と振り返り、
最終的に屋敷九段の見事な寄せの構想が決まりました。

さらに同日の午後には豊島将之七段。

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朝日杯2回戦で、先ほど藤井矢倉で快勝した屋敷九段に早囲いをぶつける。

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この対局では、後手の屋敷九段が先手の早囲い含みに対して
左美濃を目指す形を取ったため、先手の飛車先は保留される順になりましたが
組み上がってみると天野矢倉+角対抗の形で、相天野矢倉になっています。

本局も後手から積極的に攻めましたが、
浮いた銀を支えた▲6七歩の受け(71手目)が好手、
先手が反撃に出て勝ち。

藤井矢倉は朝日杯本戦で立て続けに3局現れ3勝。

さらにその余韻も冷めやらない2/2(放映日)、
NHK杯で森内俊之竜王名人が登場。

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ベスト8戦となる郷田真隆九段戦で藤井矢倉を目指します。

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本譜では郷田九段が2枚銀(カニカニ銀)で攻め込んだため
角対抗をせずに▲4六銀5七角形と角が使いづらい形になりましたが、
「藤井矢倉」類似形と言っていいと思います。
対局自体は、先手が終盤に猛攻を見せますが、
後手が打ち歩詰めで逃れているという死闘となり、郷田九段勝ち。

そして、冒頭の王座戦(2/27)となるわけです。
NHK杯では森内竜王名人が敗れましたが
2014年に入って5局あり4勝1敗。「藤井矢倉」が大きく勝ち越している。


しかし、なぜ突如としてかほどに藤井矢倉が指され、そして勝っているのか。

あくまで、私の想像と勝手な解釈ですが、
そのヒントとなりそうなのが採用者、特に渡辺、屋敷です。

実は屋敷九段と渡辺二冠は、この朝日杯に先立つ12/16に
A級順位戦6回戦を戦い、その時先手番だった屋敷九段が

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なんと、というか。
左図早囲い+飛車先突きと藤井矢倉の出だしを見せていた。

これに対して右図、渡辺二冠は△8五歩と突き越したため、
先手は早囲いを捨てて▲7八金と上がる(8筋をカバー)形となり
結果的に藤井矢倉ではなく相矢倉脇システムに合流、
対脇システムの後手番△4二角という形で
最近勝ちまくっている渡辺二冠が制しています。

渡辺二冠は、朝日杯準決勝でも2回戦で当たった
村山慈明六段の角換わり先手穴熊を、準決勝の森内竜王名人戦で使うなど
直近の後手番で受けた将棋の類似形を先手で使ってみる傾向がみられるようで
なので、朝日杯で藤井矢倉を使ってみたのもその流れなのかもしれません。
(ちなみに村山-渡辺戦では、先手玉は穴熊に囲ってはいない)

では、順位戦で渡辺二冠に対し、早囲いを用意した屋敷九段の狙いはなんだったのか。
これは「△5三銀右急戦矢倉」対策だったのだろうと思われます。

そしてそれを語るためには、
2013年度の矢倉戦線について紐解いていかなければなりません。

2013年度春から夏にかけて、
居飛車の本流である矢倉は長い停滞期に突入しました。
いろいろ理由はあるのでしょうが、
その原因の一つとみられるのが、いわゆる「ponanza新手」です。

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藤井矢倉の構想が登場した第71期名人戦第4局に続く
名人戦第5局で、森内名人が指した62手目△3七銀が新手。

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これにより長らく先手よしとされた
現代矢倉の王道▲4六銀3七桂戦法から宮田新手▲6五歩以降の定跡が
根底から覆される可能性が生じ、先手が対応策なしに
相矢倉に踏み込めない状況となりました。

同時に、後手から誘導しやすく、
かつ率もよい横歩取り△8四飛5二玉が大ブレイク。
後手角換わりが冬の時代を迎えていることもあり、
矢倉含みの2手目△8四歩自体が避けられるようになる。

結果、先後ともに積極的に矢倉定跡形を目指す空気が消え、
名人戦以降のタイトル戦も居飛車党同士の対局だったにも関わらず
夏シーズンでは棋聖戦なし、王位戦で2局(急戦、脇)、王座戦で1局(急戦)と
数も少ない上に、王道の相矢倉▲4六銀3七桂型は1局もなし。

この流れを急変させたのが森内名人と渡辺竜王(ともに当時)でした。

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年末にかけて行われた第26期竜王戦は全5局で矢倉を採用。
失冠はしたものの、とりわけ渡辺竜王の構想が素晴らしく、

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△5三銀右急戦矢倉(左)と▲2五桂速攻(右)と、
先後でそれぞれ過去の定跡に光をあてて、
再び矢倉研究を活性化させる端緒を作りました。

特に、△5三銀右急戦矢倉は、竜王戦で3局指され後手の2勝1敗。
今年の第63期王将戦第3局現在(1/29)では、
竜王戦で指された先左図△5三銀右から▲7七銀△5五歩▲同歩△同角の
いわゆる「阿久津流急戦矢倉」は
竜王戦を含めて直近7局で後手の6勝1敗1持と圧倒。

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その結果、これまで後手番で△5三銀右急戦矢倉をあまり指さなかった棋士
例えば羽生善治三冠(王将リーグ豊島戦、王将戦第3局)や
三浦弘行九段(棋王戦挑決永瀬戦)なども採用するなど、
居飛車における後手戦術の柱として注目されるようになります。

一方、先手番も▲2五桂速攻の勝率がよく、
やはり王将戦第1局終了時点で直近7戦が先手の6勝1敗。
持久戦になれば先手が指せる。
先後で狙いの戦型の目処が立ったことで、竜王戦後明らかに
「▲7六歩△8四歩▲6八銀」の矢倉含みのエンゲージが
成立を見ることが多くなりました。

ただし、普通に矢倉24手組で組み合っていくと
先手が指したい持久戦となる局面より先に後手急戦の変化が現れる。
後手が△5三銀右を採用すれば、先手は否応なく後手よしの変化が多い急戦矢倉と
対峙しなければならなくなります。

話をA級順位戦、屋敷-渡辺に戻しましょう。
順位戦は先後が事前に決定されています。
対局日は竜王戦の直後。屋敷九段は渡辺二冠の後手番で、
△5三銀右急戦矢倉を指されることをもっとも警戒していたのではないか。

逆に、相手が急戦矢倉を狙っているところで先に変化していけば
主導権を握ることができるのでは、と。

これはあくまで私の推測でしかありませんが、
ただ現実に藤井矢倉は△5三銀右急戦矢倉を防ぐ効果があります。
そしてそのことは、竜王戦第1局で渡辺竜王が急戦を指したとき、
図らずも立会人であった藤井九段自身が指摘していたことでした。

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藤井矢倉は早囲いと同時に飛車先を伸ばすことで
通常の居飛車と同様に2四の地点を牽制、後手の囲い側の守備を急がせる
(具体的には△5二金や△3三銀を指させる)ことで
△5三銀右急戦の発動を阻止することができます。

つまり、藤井矢倉なら
後手が先攻を狙って急戦矢倉を仕掛けてくるよりさらに早く
速攻の形を見せて自分の形に持ち込むことができる。

藤井矢倉の採用数が増えているのは、そういうことなのだと思います。
後手の急戦矢倉が有力となったなかで、それよりも先攻して先手から仕掛け、
相手の想定を崩しつつ、自分の想定局面に誘導していく。

藤井矢倉が現れた5局のうち、王座戦以外は
朝日杯、NHK杯と早指し棋戦だったわけですが、
それも短時間の中で相手に用意の作戦を指させず、
自分はある程度形をきめて指すことができるという優位性が
結果にも表れたのではないか、という気がします。

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この流れを受けて王座戦の藤井-北浜がありました。
藤井九段は、最近また藤井矢倉が増えてきたことから
指してみようと思ったのかもしれません。

藤井九段は振り飛車党ですから、矢倉の先攻争いとまたちょっと事情が異なりますが、
相手の読みを外すという点では同様の効果があったのではないかと推察します。

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藤井九段は、▲7六歩~▲6五歩~▲5五歩と、
ノーマル四間飛車の変化を見せながら藤井矢倉に組む変化を採用しました。
当然、相手は四間飛車の狙いも考慮しながら対応せざるを得ない。

思えば藤井システムも角交換四間飛車もそうですが
藤井九段の戦略は、特定の狙いを構想で先攻するという思想がありました。
藤井矢倉もまた、そうして「後の先」ならぬ「先の先」を取るべく
構想で先攻する戦術なのかもしれません。

無論、藤井九段の対局以外は、早指し棋戦で採用されていたように
長時間の読みあいとなった時には、後手も藤井矢倉の狙いを十分に考慮したうえで
対応することができるわけで、構想上の先攻が意味をなさない可能性もあります。

よって、藤井矢倉が通常の棋戦でスタンダードとなるかは、まだわかりません。

しかし、△5三銀右急戦矢倉が後手番の有力戦法である限り
その意図を先回りして仕掛ける藤井矢倉の優秀性が生きる局面もまた
あるのではないか、と考えます。

先手側の急戦戦術として研究が進む可能性もあるのでは、と期待して、
今後の矢倉戦線を眺めてゆきたいと思います。

P.S.

ちなみにタイトルは

藤井九段の弟弟子、阿部健治郎五段の「四間飛車激減の理由」からパクりました。

P.S.②

ちなみに、3/5の順位戦B1藤井-丸山戦で、
藤井九段はまた藤井矢倉含みの指し手を見せています。
(丸山九段の工夫により、相左美濃になりました。)
研究のさらなる進展に期待します。