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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第63期王将戦第3局 渡辺明王将-羽生善治三冠 魔術の条件。

なにやらご無沙汰しております。
今後も時折現れたり消えたりしますが、すみません。

いまさらですが、王将戦第3局について。

シリーズ中盤戦となる第63期王将戦第3局。
ただし渡辺王将の連勝で迎えているため
一気に終盤戦突入の可能性も秘めている、そんな番勝負は
1/28・29、箱根「ホテル花月園」で行われました。

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第1局相矢倉、第2局相掛かりときて、
第3局は渡辺王将の先手番。
ブレイクが求められる後手番の羽生三冠は、
急戦矢倉を投入、積極的に流れを変えにゆきます。


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王将戦は2日制、持ち時間は各8時間。
先手渡辺王将、後手羽生三冠。
これまでの対戦成績は、渡辺28勝、羽生26勝。

横歩取りも予想されたところだったが
初手▲7六歩に羽生三冠の2手目は△8四歩。
渡辺王将が▲6八銀と出て、矢倉の出だしとなった。

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居飛車本流の矢倉だが、今年度春~秋シーズンでは
全体的にあまり指されなかった印象がある。
今季、タイトル戦は全て相居飛車戦だったが、
秋の王座戦までは横歩と角換わりが中心だった。
様々な要因があるのだろうが、その一つの理由は
相矢倉戦の中心戦術だった4六銀3七桂型が
名人戦第5局で示された森内新手(ponanza新手)によって
膠着状態に陥ったからだといわれる。

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冬の訪れとともに、その膠着状態を破ったのが渡辺王将だった。
竜王戦では全5局で矢倉を採用。
先手での▲2五桂速攻、後手番での△5三銀右急戦。
ともに最近では採用例が減少していた定跡に光を当て、
竜王位は失冠したものの森内名人とともに定跡を深めた結果、
研究が進んでその他棋戦でも採用数が増加。

今シリーズでも第1局は▲2五桂速攻、
そして本譜では、羽生三冠が△5三銀右急戦に乗り込んできた。
やはり、矢倉最新形の攻防になりそうだ。

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ただ、後手から積極的に仕掛ける△5三銀右急戦といっても
この先の形を決める選択肢は先手にある。
渡辺王将は、先図から▲2六歩△8五歩に▲2五歩を採用。

▲2五歩で▲7七銀と8筋を受ける進行は
△5五歩▲同歩△同角と進んで「阿久津流急戦」などと呼ばれ、
△5三銀右急戦の主流だったのだが、先の竜王戦で後手の2勝1敗。
その後公式戦で4局さされて後手の3勝1敗と圧倒している。

よって、現在では先手はこの順を避けることが多くなった。
代わりに有力とみられているのが本譜▲2五歩で、
今期棋王戦挑決第1局や、
上州将棋祭り席上対局中村-行方戦(非公式戦)で指され、
ともに先手が勝っている。相掛かりのような将棋となることが多く
構想力が問われる展開となる。

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相掛かりとなった第2戦では、渡辺王将が△8五飛型としたが
本譜では羽生三冠が△8五飛を採用した。

△8五飛では飛車が高い位置を取るために積極的だが
ターゲットにもなりやすくリスクが高い。
上記棋王戦挑決や上州将棋祭りなど、
最新形ではここで△8二飛まで引き上げることが多く、
そうなれば相互に落ち着いた展開となるが、
羽生三冠は、より積極的な展開を求めた。

とはいえ、実はこの局面、二人とも経験がある。
2012年8月の第60期王座戦第1局では、
先後を逆にしてこの局面を指した。結果は後手の渡辺王座勝ち。
本譜はどう進むだろうか。

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ここで羽生三冠から前例を離れる△6二金。
この金上がりは攻守にバランスを取る手だ。
△5二金と玉周りを固めるのが一般的だが、5筋の歩を切りあっているため、
いずれ▲5三歩△同金▲4五桂と先手の攻めを呼び込むことになる。

先手は飛車先切りを保留して玉を寄るなど自陣を固めている。
その分、攻撃の態勢が整っていないともいえる。
後手から仕掛けるという意思表示なのだろう。

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が、ここで先手から仕掛ける▲6五歩。
角道を開けつつ後手飛車の横利きを遮断する。
後手が角取りを放置すると、先手から▲2二角成と角交換されて
△同金に次の▲2四歩が激痛。△同歩▲同飛と自然に進むと
これは先手の攻めが止まらない。△5五歩と角道をとめても
▲4五銀とぶつけて、これも先手の攻めが続く。

よって、本譜は△8八角成と後手から角交換に応じるが、
先手は▲同玉と手順に玉を入城できた。

右図▲7七銀と上がった形では、先手陣に隙がない一方で
後手には浮き駒が多く、玉形も悪い。自陣を固めてから
細い攻めをつなぐ、渡辺王将好みの展開になっているようにみえる。
後手が単に飛車を引けば、先手は単に▲2四歩と
飛車先を切りに出るだけで手になっていそうだ。
仮に飛車を切る展開となっても、玉形の差で勝負がついてしまいかねない。
まだ1日目午後の局面だが、控室では先手模様よしの声も出ていた。

後手は浮き飛車を咎められた印象。苦しいか。

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しかし、羽生三冠は、1時間7分の長考の後、手をひねり出す。
先図から△6六歩▲同銀と、銀を囲いから遠ざけた上で
△8六歩打▲同歩と玉頭に嫌味をつける。
歩を浮かせたことで、いずれ△8七歩打で仕掛けることができ、
かつ次に△5九角の攻め筋をみせた。

その上で飛車を8二に引いた右図が封じ手の局面。
通常は割り打ちの筋を避けて8一まで引くのが形だが、
それよりも6二の金にひもをつけて、△5九角としたときに
▲2六角と切り返されるのを防いでいる。
羽生三冠の持ち前の曲線的な手順で形勢を整え、1日目終了。

後手が盛り返しはしたが、しかし控室ではそれでも先手持ちの声が多かったようだ。
嫌味をつけられたとはいえ、やはり玉形は大差にみえる。

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2日目。渡辺王将の封じ手は本命の▲5五歩打だった。
逆に△5五歩打とされると、後手に銀を捌かれてしまう。
その筋を防ぎつつ、逆に銀を捌きに行くねらい。
△同銀▲同銀は単に後手駒損のうえに、
▲7一銀打があるので△6三銀の一手。銀を引かせて次に▲7七桂とすれば、
後手の狙いである△5九角を受けることができる。
それで局面を落ち着かせられれば、玉形の差がでて先手がさせそうと言われていた。

よって後手は攻めを緩めるわけにはいかない。
△8五歩打▲同時△8六歩打と継ぎ歩から垂れ歩と
手筋で8筋に拠点を作ってから△3一玉都よって右図。先手に手を渡す。
先手は手が広い局面だ。▲2四歩、▲4五銀など攻める手もある一方で
▲6八玉と先逃げしておくのも手だ。渡辺王将の選択は。

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▲4五銀と攻めた。次に▲3四銀~▲2三銀成をみせて
▲2四歩からの飛車の突進の破壊力を増している。
△3一玉と寄ったことを咎めているともいえる。
この筋を受けるなら、△3三銀だが、
▲5四歩~▲7一角で飛車を追われる展開となり、先手がよさそうだ。

このため、後手は△8五桂と攻め合いを挑む(右図)。
受けるなら▲同桂△同飛のときに▲8八歩(あるいは単に▲8八歩)が
△8七歩成を防ぐ手だが、手番は後手。攻めをつなげられそうだ。
渡辺王将も攻め合いの誘いに乗り、▲2四歩と本格的に開戦。

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先手は飛車先を切ってから▲8三歩と飛車を狙う。
狙いは歩連打から角打ち。△同飛▲8四歩△同飛と飛車を吊り上げて▲9五角。
6二の金取りなので飛車を8二に引くが、
再び▲8三歩の時に△同飛と取れない(▲6二角成で金を取られて馬を作られる)。
飛車が8筋からずれれば、▲8五桂と桂を外して、これは先手よしだろう。
しかし――

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△3九角!

羽生三冠に勝負手が出た。
先▲8三歩△同歩▲8四歩から飛車取りを逃げずに角を放つ。

久保九段など控室、ニコ生解説の広瀬七段にも見えていなかったこの手が
勝負の流れを大きく変えることになった。

飛車をどかす隙に△7六角成と鋭角に切りこんで
玉頭を切り崩す狙いだが、飛車を手順に▲2四飛と出られて困るように見える。
しかも、控室の検討では単に△2三歩と受けると
先手が攻め勝ちそう、とみられた。

これだけではただ手を稼ぐだけの一着にみえる。

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しかし、後手は飛車先を受けずに△8七歩成と攻め込む。
▲同金に再び△8六歩打、▲8八金と引かせてから
△8四飛と飛車を払ったのが上記図。
こうなってみると次に
△6六角成▲同金△7七桂成▲同金△8七歩成の筋が厳しい。

これと同じ筋は△3九角の直後にも可能だった。
その時との違いは金の位置が7八から8八に変わっているくらい。

しかし、その1路の違いこそ、
羽生三冠が長い手順を尽くして欲していたものだった。

金が7八のままだったら、この△8四飛の瞬間に
▲8八歩打と受けて△8七歩成を消すことができたが、
金が動いたことでそれが利かなくなっている。

「△8四飛のときに▲8五桂で粘れるかと思ってたけど、全然――」
と、感想戦で渡辺王将。

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受けに回ると支えきれないとみて、先手は▲3四銀と攻める。
後手も△7七桂成と攻め合う。▲同金上が最善のようだが、
どの手でも△8七歩成が入る。まだ先手にも粘る手はあり、
形勢は難解とみられていたが、渡辺王将は勝負の趨勢を見切っていたようだ。

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先手玉周りを完全に孤立化させる角切りがここで入る。
形勢を一変させた、あの角だ。
そして。

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ここで渡辺王将が投了。
以下▲8九玉△8六飛▲8八歩△同飛成▲同玉△7七金以下の詰み。


羽生三冠が「先手指しやすい」と言われた局面から見事に切り返して
一気に攻め込んだ、そんな一局だったでしょうか。

その後の手筋も含めて△3九角の踏み込みが鮮烈な印象を残しました。
当初棋譜を見返したとき、私はその角と飛車のラインが交差する鮮やかさから、
飛車切りから一気に先手穴熊を寄せた今期A順位戦三浦九段戦を想起しました。
光速を思わせる、終盤の華麗な順。

しかし、今では印象が違ってみえます。

感想戦のコメントをみるに渡辺王将は、先手が優勢を築いたようにみえた
仕掛けの▲6五歩から「つくりがどうだったか」と振り返ったようです。
後手の攻めが続かないとみて呼び込んだものの、
その後に玉頭周辺の歩を浮かされて、
封じ手の△8二飛では「自信がなかった」としています。

一方の羽生三冠も、その時点の仕掛けでは
「浮き飛車(△8五飛)を咎められたかなと思いながら指していました」
と、中盤まで不本意な展開だったことを示唆しています。

そういう意味では、△3九角よりも
羽生三冠が1日目の午後にひねり出した
△6六歩~△8二飛(44手~48手)の順に凄みを感じました。

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目に見えて苦しい展開だったが、手順を尽くし、
結果、その時に作った8筋のキズが
最後には先手を追い詰めることになった。

その8筋のキズを、最善のタイミングで突いたのが
先手が攻めに出た瞬間に指された△8五桂でしたが
その時でもまだ先手がよさそうにみえた。
が、△3九角と打たれると、すべての要素がぴたりと重なって
気が付くと後手勝ちになっている。

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正直、この図で「後手勝ち」とはみえませんし
実際、感想戦でこれ以降の最終盤の変化を丹念に見ていたことを考えると
角打ちの瞬間は羽生三冠も良いとは感じていなかったように思える。
思えないが、勝負になっていた。それが凄い。

△3九角は、棋譜コメントなどを見る限り、
そのタイミングでは見えていた人はいなかったようです。
一種の「羽生マジック」には違いないと思います。

しかし、この△3九角が魔術たりえるには、
苦しみながらひねり出した△6六歩からの順が必要でした。

中盤の苦しい局面でも曲線的な手順で最善を尽くし、
なんとか縋り付いたことが、最後に魔術を発動させる条件となった。
魔術が流れを変えたようにみえて、
そこに至るまでには、幾重もの流血を伴うような決断がある。

華やかさの裏にある苦闘を、今回の棋譜ではより強く感じました。
結果として、後手番で待望の1勝。

羽生三冠は今シリーズ、苦しい戦いが続いています。
しかし、苦しいながらも尽くした手が、本譜で流れを変えたように、
この結果が、シリーズの流れを変える要素を含んでいるかもしれません。

王将戦第4局は、2/18・19(火・水)、
青森県弘前市弘前市民会館」で行われます。