二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第63期王将戦第2局 羽生善治三冠-渡辺明王将 対角線上の明と暗。

渡辺王将の先勝で始まった第63期王将戦は第2局。
1/23・24、栃木県大田原市「ホテル花月」で行われました。

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第1局は、渡辺王将が先手番で矢倉最新形を制しています。
第2局の先手は羽生三冠。
「番勝負の常道は先手番必勝」との言が
羽生、渡辺の両者に通用するかはわかりませんが、
渡辺王将先手の第三局を1-1で迎えるか、0-2で迎えるかは
やはり大きな差がある。シリーズの方向性を決める対局となりそうです。

注目の戦型は、相掛かりとなりました。


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王将戦は2日制、持ち時間は各8時間。
先手羽生三冠、後手渡辺王将。
これまでの対戦成績は羽生26勝、渡辺27勝。

事前の戦型予想では、矢倉を予想する声が多かったが
本譜は初手▲2六歩△8四歩から相掛かりとなった。

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先手は引き飛車棒銀含み、後手は9筋歩交換の後に△8五飛型を採用した。
後手が飛車を引く位置は他に8四、8二があるが、
基本的に飛車の位置が高いほど攻撃的な一方、
飛車を狙われるリスクも高いというイメージで、
渡辺王将は△8四飛とするケースが多く、△8五飛は珍しいという。

もっとも、この二人の対局で相掛かりが指されること自体珍しく
本局までの公式戦53局中、わずかに2局しかない(渡辺2勝)。
ともに筋のいい手で勝負する一方で、最新形も追及するタイプなので
先後ともに序盤から手が広く、想定した局面になりづらい相掛かりは
ここまであまり選ばれなかったのかもしれない。

いずれにしてもまだ22手だが、羽生三冠が先手番で相掛かりを志向し、
後手で渡辺王将が△8五飛としたあたり、
すでに様々な駆け引きが水面下では行われているのだろう。

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先後ともに右銀を中段に繰り出す。相棒銀だ。
それぞれの攻撃の司令塔が前線に出たことで早くも決戦の気配が漂う。
棒銀の狙いは飛車先の突破。このまま双方が銀を突きだせば
先手の方が先攻できるが、後手は角道を開いているため、
より柔軟に棒銀に対応することができそうだ。

先手はここで▲2五銀。激しい攻め合いも辞さない強い手だ。
後手も△7五銀と銀を進めれば1日目から激戦となる。
一方、先手の棒銀をいったんは受けるのであれば
△4四角と出て局面を落ち着かせる手もある。
この対局の最初の大きな岐路が訪れた。

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渡辺王将は攻め合いを自重。△4四角のルートを選んだ。
先手は▲3四銀で1歩得となったが、後手は上図△2二銀と受けて
先手の棒銀の攻めは食い止めて、これは一転、スローペースになりそうだ。

局面が落ち着いたところで改めて先後両陣をみるに、
先手は角道が開いていないのが大きな制約となっている。
現状では△7五銀を止めるためにうっかり▲7六歩と角道をあけると
後手から△8八角成▲同金と角交換後に△3六歩が厳しい。
(▲3六同歩で△5五角打が飛金両取りで投了級)

一方、後手は棒銀を食い止めた2二の銀は壁型。
先後とも今は相居玉だが、おいおい陣形を安定させていくには
いずれ壁型を解消することに手数を要することも考えられ、
それぞれ一長一短といったところか。
相互に攻防の構想力が問われる、相掛かりらしい展開となった。

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双方一手一手じっくりと読みを入れて、これが1日目封じ手の局面。
消費時間は羽生三冠が3時間59分、渡辺王将が3時間39分。
第1局では1日目だけで87手まで進んだが、本局はその半分以下の38手。
二日制のタイトル戦らしい展開となっている。

渡辺王将は、△7五銀の攻めを決行せず、
△6五銀と銀を中段の攻防に利かせた。
一方、先手も△4五銀として、中段での制空権争いに応じた。

控室やニコニコ生放送の中座七段は、
その局面で後手から△8六歩の攻めがあるのではないか、と指摘されていた。
想定される筋は△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△4六飛。
銀の根本で浮いている4六歩を取りに行く順で、
これが決まれば後手が大きくリードする展開となる。
しかし、渡辺王将はこれを見送った。
感想戦で羽生三冠は△8六歩▲同歩△同飛に▲6六歩を指摘したが
渡辺王将もその順では後手自信なし、ということだったようだ。

結果として、中盤で銀がにらみ合う膠着状態のなか
自陣整備を進めるという中盤のねじりあいが続き、現局面。
封じ手も手が広い。手番の羽生三冠はどういった構想で臨むだろうか。

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封じ手は▲6六歩。ニコ生の中座七段が6つ挙げていた封じ手予想の、
最後に示した候補手だった。
△同角▲6七銀△3三角に右図▲7六歩として角道を開く構想だ。

△同角で後手に1歩渡すが、もともと先手は1歩得だったので、
歩を返す代わりに懸案だった角の活用を図ることになるので
悪い取引ではないとみることができるかもしれない。
また、6三に銀が上がったことで先手陣は引き締まった印象がある。
ちなみに、2日目のニコニコ生放送解説の郷田九段は、
この局面では「若干先手持ち」との見解を示していた。
確かに、封じ手から数手進んでみると、羽生三冠の方が指しやすそうだ。

この局面での角交換は、今度は▲7五角の筋があるため
先手が大きく得をする。▲7五角で△8二飛と逃げると▲5三角成。

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よって角交換はできず、後手は4二に角を格納する。
後手角の圧力がなくなったこの機に先手は▲7三桂と活用。
中段で存在感を発揮していた6五の銀に当ててお引き取りいただく。

結果、右図のように双方の銀が5筋でにらみ合う
腰掛銀のような状態となり、再度仕切り直し。
お互いに角の活用が制限されているため、どう使うかがポイントとなりそう。

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そこから数手も、お互い慎重に指し進めるのだが、
方向性としては、先手は後手の飛車をターゲットに、
左辺にまとまっている金駒を活用しながら玉周りを盛り上げてゆく、
スクラムトライを含みに指していたように思える。
一方後手は、4段目に防衛線を引いて抑え込みを図る。

長考の後に指された▲7五歩は、この抑え込みの突破を狙う一手。
△同歩▲同銀△8二飛▲7四歩と進めば、次の▲7三歩成△同桂▲7四歩が厳しい。

しかしこれを手抜いて右図△3三角と角の活用を図る手が好手だった。
後手陣はこの角上がりで壁形の解消が難しくなったが、
角と銀の利きを生かした△6五歩が大きな狙いとなる。
形勢はまだ一進一退というところだが、棋譜コメによると
この局面ではニコ生の郷田九段は「後手を持ってみたい」と転じている。

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仕掛けた。端から開戦し、△6五歩を絡めて
一気に先手左翼を押しつぶす順が見える。
一例は▲9五同歩△6五歩▲5五銀△9八歩▲同香△5五銀▲同歩△8九銀。
ここまで来ると先手は持たない。
よって先手は手抜いて▲7六銀→▲8五銀と飛車を抑えに行く。
ただし、飛車を引かせても△6五歩の筋は消えていない。
タイミングよい端の仕掛けから後手が大きくリードしたようだ。

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そして、後手優勢を決定づけた順。
△6五歩の仕掛けを見送って「盤面を広く」△3八歩打。先手は悩ましい。
手抜いて攻める筋は▲7三歩成くらいだが、△同桂が銀にあたるため
かえって後手の攻めを加速させる。
一方と金を作られ、終盤に後手に桂香を渡す展開も避けたい。
結局利かされの▲同飛と取るが、これで先手は2筋の攻めのほか
飛車を浮いて中段の守りに利かす手も失った。

その上で、△6五歩ではなく右図△6五銀。次に△7五歩が厳しい。
後手は攻め込めば攻め込むほど、先手陣を大きく乱すことができる。
一方、後手陣は壁型と言われていたが手つかずのため、耐久力がある。
しかも先手の飛車角が封じ込まれた状況では、
当面後手陣に着手する筋もない。

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△7六歩打で終盤戦に突入。
桂を跳ばせた後に△7七銀打で寄せに行く。
先手は駒を取らせて粘りつつ、上部脱出に望みをつなぐ。

右図△6三金はそれを抑え込んだ手。
ただし直接先手玉周りに働きかける手ではないので
うまく暴れれば隙ができる可能性がある。先手にも頑張りがいがあるか。

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先手は後手の飛車の位置をずらしながら
少しずつ後手陣を穿ってゆく。後手玉は壁型のため
左方からの攻めが入れば意外に追い込みやすいともいえる。
よって犠打で飛車の横利きを消して、
この▲5四銀でついに後手玉に迫るところまで追い上げる。
▲4三桂不成△同金▲3二銀△同玉▲4三銀成以下の詰めろ。
ずっと苦しかった先手だが、まぎれも見える展開となった。

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しかし、渡辺王将はきっちり時間を残していた。

後手玉に詰めろがかかった局面で先手玉に詰みはなかったが
この△5五角切りが詰めろを構成していた5五の桂を断つ一撃。
後手玉の詰めろを外せば、先手に攻めをつなぐ手段は見当たらない。

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投了図。最後は活用できなかった先手の角が
後手の刺客として先手玉を討つ。

投了図以下は、棋譜コメによると
▲4八玉(▲4七玉)△3七角成▲5七玉△4六馬▲4八玉△3六桂までの即詰み。


渡辺王将が連勝でシリーズを大きくリードしました。
感想戦や局後のインタビューによると、
1日目では後手の△8五飛型棒銀が思ったように機能せず、
渡辺王将は「序盤で失敗した」と思っていたようです。

そのため、激しい戦いには踏み込まず、息長く穏やかな展開を目指した。
二日目冒頭では、郷田九段のいうように、
先手が角道を開けて指しやすい展開になったと思われたのですが

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直後の45手目、▲7七桂で再び角を閉じ込めてしまい、
以降うまく行かなくなった、との感想が示されています。
逆に後手は先手の勝負手、▲7五歩に△3三角と再び角を活用、
そこからは△6五歩(実際には△6五銀でしたが)を切り札に
攻めの構想を固め、端攻めから一気に勝ちに結びつけた、と。

終盤、△6三金が一見緩く、
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先手が猛追したように見えましたが
感想戦では「なるほど、これでやる手がないんですね」(羽生)と
実際には決め手になっていたようです。

本譜は、それぞれに構想力が問われる、難解な将棋となりましたが
中終盤では角の活用が大きくものをいい、
それを生かせた渡辺王将が勝ち、
生かしきれなかった羽生三冠が敗れた、という構図になるでしょうか。

一局を通してみると、両陣の角は一度も馬になることなく終局しています。
が、その存在感の差で勝負を分けることになったというのも興味深いです。

機をとらえてからの渡辺王将のつながる攻めはさすがのひとこと。
この細く、つながる攻めがあるから序盤で苦しくとも
我慢して指すことができるという意味で、持ち味の出た勝ちだったかもしれません。

一方で、羽生三冠は、
「二日目からやや精彩を欠いた、不出来な将棋だったのではないか」
と郷田九段がコメントしたように、徐々に作りが改善されてきたものの
「その後の構想に問題があったような気がしました」と
二日目の構想で後れを取った部分があったように思います。

とはいえ、この二人のこれまでの経緯をみるに、
正直なところ2局目の段階でシリーズを見通すことなどできそうにありません。
渡辺王将が押し切るか、羽生三冠が盛り返すか。

第3局は、間を置かず1/29・30、箱根の「ホテル花月園」。
次局を楽しみに待ちたいと思います。