二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第44期新人王戦記念対局 都成竜馬新人王-羽生善治三冠 神速のエアリアル。

新人王戦のエクストラステージとして恒例となっている
新人王とタイトル保持者による記念対局。
本年度は、奨励会三段として初めて新人王戦を制した都成竜馬新人王と
羽生善治王位・王座・棋聖の対局が組まれました。

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そしてこれがもの凄い将棋だったので、紹介しようと思います。

本譜は新春特別企画として元旦から連続掲載されていたものですが
階段下のがらくた部屋」のもりやんさんが棋譜にまとめてくださったので
それをもとに記事化させていただきました。(ありがとうございます)

対局日は11/27、戦型は横歩取り
都成新人王の新手から、激しい横歩取りの中でも激しい、
横歩超急戦の苛烈な攻防が繰り広げられました。


記念対局は持ち時間各3時間。規定により先手は都成新人王。

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横歩取り
都成新人王は、「谷川九段門下、関西の振り飛車党で中飛車を得意とする」という
説明をされることが多いのだが、最近は居飛車も指すようだ。
先の新人王戦三番勝負では、
第1局(一手損角換わり)、第3局(相掛かり)で居飛車を指している。
都成新人王は、この第3局(後手番)で横歩に誘導しており、
横歩取らずになったが、横歩感覚を要する△8五飛で応じて勝っている。
また関西奨励会幹事の山崎八段によると、
「都成三段は居飛車の場合は横歩を指すことが多い」とのこと。自信があるのだろう。

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△3三角の内藤流に、先手は飛車を引かずに▲5八玉。青野流だ。
先手が3四から飛車を引かず、
そのまま▲3六歩→▲3七桂と右桂の活用を図る。
激戦が多い横歩のなかで、大激戦になりやすい。

横歩取り基本的に後手が作戦の主導権を持つことになるのだが、
青野流では先手から形を決めることができるため、昨年春~夏頃にかけて大流行した。

その頃の青野流の快勝譜には、羽生三冠のものもある(竜王戦T小林裕七段戦)。
しかし、この青野流の決定版ともいえる棋譜に、
佐藤天彦七段が後手の対応策を提示(B2井上九段戦)したことにより、
夏場以降採用数が急減。だが、水面下で研究は進められており、
最近またぽつぽつと実戦例がでてきているようだ。

横歩取りは、羽生三冠が現在、最も得意とする戦型といっていいだろう。
2013年度はわずか1敗。比較的短手数で終わるため1手が重いといわれる横歩取り
その1敗(と1千日手)以外は、すべて勝利している。

その空中戦の棋神ともいうべき羽生三冠に、
都成新人王はあえて横歩取りをぶつけた。そして、羽生三冠も受けて立った。

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横歩取りの場合、先手が横歩を取る一方で
後手は横歩を取らず飛車を△8四や△8五(△8二)に引くことが多い。
が、先手が青野流にした場合、後手も△7六飛と取るのが強い対応。
対青野流で△5二玉に△7六飛を初めて指したのは長岡五段で、後手が勝ち越している。
これに対して先小林戦のように▲7七角とするのが
比較的穏やかな展開でよく指されているのだが、
本譜は▲7七桂と左桂を跳ねた。青野流は右桂を活用するための順だから
左右の桂で一気に後手玉頭に殺到することを企図した、過激な応手だ。

後手は先手の角道が止まったことから
△5五角と出て馬作りと1九の香取りを狙う。
先手は▲2八歩と受けてもつまらないので、右図▲2二歩と桂取りをみせた。
△同金でも△同銀でも駒損の上、竜を作られてしまうため、
△同角と角を元のポジションに戻す。激しいように見えて、まだ定跡手順。
飛車角の位置を整えて、局面はひとまずひと段落。
攻める機会をうかがうことになる。

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ところが、新人王は平穏な駒組を自ら拒否する。
先図面から△2二同角▲3七桂△7二金と進んでこの▲8七金が新手。
前例の進行は▲2四歩△6二銀▲4五桂などだった。
前例でも十分激しいが、本譜はさらに金を出て飛車に当て、
後手に△6二銀と自陣を整える猶予を与えない。

この手は都成新人王が温めていたという「やってみたかった手」。
都成三段は、3手目▲2五歩に△3二銀と上がる都成流を開発したり
ゴキゲン中飛車超急戦の▲3三香新手、
さらには超急戦回避策に▲2六角打を当てる新手を編み出す新手メーカーだが
この▲8七金は研究会で糸谷哲郎六段が指していた手だという。
その手を羽生三冠にぶつけた。

すでに序盤を抜け、中盤の勝負どころとなっており
横歩取り超急戦」の様相を呈している。
羽生三冠は飛車をどこに引くか。
▲7七角型では、△7四飛として飛車交換を挑むのも手だ。
▲同飛△同7四歩で右桂の活用も図れる。
しかし、本譜は▲7七桂型。
△7四歩の瞬間に▲6五桂と跳ばれると
「後手がまとめきれない」(羽生)。
▲7七桂型では安易に飛車交換を挑むと
後手の態勢が整う前に2枚の桂が中央に殺到する。

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よって、羽生三冠は12分の考慮後、△7五に引く。
すかさず追撃の▲7六歩打が打たれるが、
飛車取りを手抜いて△8六歩打。いきなり勝負手だ。
▲同金と歩を払うのが自然に見えるが、金が上ずってしまうため
今度は△7四飛からの飛車交換では後手の飛車の価値が高い。
先程のように▲6五桂と跳ねると△8八角成▲同銀の角交換後に
8八に金の利きがなくなっているため、△7八飛打が王手銀取り。
これを避けるとすれば、構想の中心である左桂が跳ねられない。

都成新人王は31分の考慮で飛車を取る。
羽生三冠はノータイムで△8七歩成で金を取り、と金が角桂取り。
先手は▲6五桂の一手。角を渡すがその瞬間に右桂も跳ねて右図で昼食休憩。

先手の2枚の桂が左右から後手玉頭に殺到している。
▲8七金の新手から、都成新人王がイメージしていた局面で、凄まじい圧力だ。
ただし、駒割りは飛角交換で後手の金得。
陣形の差もあり、形勢はまだ不明。超電撃戦を制するのはどちらか。

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昼休明けから終盤戦に突入。
先図面から△6二銀▲5三桂左成△同銀▲同桂成△同玉▲5一飛車。
先手は桂2枚を5三に突っ込ませて後手玉を露出させる。
その上で▲5一飛車。歩合の隙に左辺の桂香を拾って駒も補充し、
先手が好調に攻め込んでいるように見える。

右図▲6一銀は▲4五桂△4二玉▲5二銀成△同玉▲3二飛成以下の詰めろ。
一貫して攻め続けた先手の斬撃の、その切っ先が後手をとらえたかに思えた。

しかし、次の一手がすべてを変える。

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なんだこれは。

持ち時間3時間のうちの、40分を費やして投げ込まれた、△4六桂のタダ捨て。
指し手が羽生三冠でなかったら
思い出王手すら疑われるような、そんな感触。

しかし、本譜では事実上、これで勝負が決していた。

先手は▲同歩か▲4八玉の二択。
「▲4八玉は△2六角▲3七桂△3三金でまずいと思った」
ため、都成新人王は▲同歩を選択。しかし――

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△6九角▲4八玉に△4七銀。
桂の犠打で作ったスペースに銀を打ちこんで先手玉を縛る。
ここからは連続王手の絶対手が続く。
右図△3六角成で後手玉の詰めろ手順を構成していた飛車を取り去り、
一気に後手勝勢に。

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先後の玉が接近した局面。△9九角成で先手に手番が回ったが
羽生三冠は「△9九角成で後手玉が安全になった」と勝ちを読み切っていた。
先手は持ち駒が多く、なお後手玉にも頓死筋はあるが、
間違える局面ではなくなっている。

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投了図。先手も粘ったが、後手玉は全く詰まず、
先手玉は中段に包囲網を作られどこへも動けない。


都成新人王が研究手▲8七金から一方的に攻める超急戦を掛けましたが
兵站が伸びきったところで羽生三冠の切り返し△4六桂が圧巻。
一気に勝負を決めました。

感想戦で深く掘り下げられていたのは、やはり△4六桂の局面。

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実戦は▲同歩△6九角で後手勝勢になっているので、
▲4八玉とするしかなかった。
以下、△2六角▲3七桂△3三金に羽生三冠が▲5六香を指摘。
難しい局面ながら、まだ先手が指しようがある展開だった、とのこと。

とはいえ、後手玉に詰めろがかかった状態で
羽生三冠が長考の上に決めに行った△4六桂ですから
「難解」というにしろ、それでも後手が勝っていたのだと思います。

一手間違えれば即終わりかねない横歩超急戦であっても、
局面を見極めて鮮やかに切り返す。
先手が桂の連撃でも追い詰められなかった玉を、
羽生三冠は桂一打、しかもただで捨てて勝負を決している。

スピード感というか速度計算、そしてそれを実現する手段。
記念対局という場面そして棋譜でしたが、やはり別格といった印象です。

都成新人王は対局後、
「羽生先生の読みとスピード。その、すべてが勉強になりました」
と語ったといいますが、棋譜を追う私ですら
超急戦の仕掛けを上回る羽生三冠の空中戦の速度を見せつけられた。

ただただ、卓越した空中感覚に地上から見上げて息を呑む。

もちろん、本譜のような棋譜が生まれたのは
果敢かつ精力的な都成新人王の踏込みがあったからこそ。
新人王戦三番勝負でも感じましたが、振り飛車でも居飛車でも
上段に構えて一気に振りぬく、そんな魅力を感じる将棋だと思います。

都成新人王は今回の新人王戦優勝で
三段リーグの次点が与えられるとのこと。
早く公式戦で都成三段の棋譜を見てみたい。

いつか振り返った時に、この記念対局が
「伝説の始まり」になっていたらいいなと。
強く願う、そんな対局でした。