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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第63期王将戦第1局 渡辺明王将-羽生善治三冠 定跡の先の地平。

遅ればせながら。

第63期王将戦は1/12・13、静岡県掛川市で開催。
前期初の王将位に就いた渡辺王将に、
王将リーグを無傷で駆け抜けた羽生三冠が挑む。

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年が改まって初めてのタイトル戦。今年最初の羽生-渡辺戦というだけでなく
二人の対戦成績が26勝26敗と、完全に五分である以上、
この一局は今年の流れを占ううえでも大きな対局になるかもしれない。

そのファーストマッチは、それぞれに因縁のある形の相矢倉となりました。


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王将戦は2日制、持ち時間各8時間。第1局は振り駒で先後を決し、
その結果、渡辺王将が先手となった。
本譜は▲7六歩△8四歩▲6八銀から矢倉模様に。

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後手は急戦を含みとする△7四歩を突かずに△5二金を決めた。
ほぼ矢倉を組み合う持久戦となる。相矢倉になるのであれば、
この二人であれば、注目は「例の形」になるかどうか。

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やはり。相矢倉では現在もっとも注目されているといっていい「2五桂のやつ」。
3七桂4六銀型からの宮田新手▲6五歩以前の定跡で、
従来は後手よしとされていたが最近再び見直されている。

この形は、対局者二人にとってそれぞれ因縁がある。
そもそもこの形が再び注目されたのは、昨年の第26期竜王戦第4局(第5局も)で
渡辺竜王(当時)が先手を持って指したからだが、森内名人(同)に敗れている。
一方その対局をニコ生で解説した羽生三冠は、棋王戦敗者復活戦
永瀬六段戦で後手を持ち、やはり敗れている。

つまり、本譜はともに自らが敗れた側を持って再度指すことになった。
しかも、あえてお互いに避けなかった。
研究をしたうえでこの先で指してみたい手があるということだ。
そして、お互いにそれでよしとみている。
これは、棋士の意地と大局観を賭けた戦い。
勝って因縁を払えるのはどちらだろうか。

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2日制とは思えないほどのスピードで指し手が進むが
ここが1つの分岐点だった。
ここで△4四馬では、前掲の竜王戦第4局の進行。
一方、本譜△4四歩打は、永瀬-羽生戦の進行だった。
羽生三冠は、自身が敗れた順に踏み込んだことになる。
実際に、この後も永瀬-羽生戦の順で進む。
敗れたとはいえ、その先の局面は後手がいいはずだ、
そういう感覚なのだろう。ここから先もまだ定跡の展開だが
基本的に先手が攻め込み、後手が受けるという方向で進み、
「ほぼ終盤」といった状況に至る。

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先手が激しく攻め込んで後手の囲いをほぼ粉砕。
先手は囲いもほぼ手つかずで固い。
ただし、駒を渡して攻め込んでいるため、
切らされると一気に後手勝ちになる。
そして、この三段目の飛車によって後手が余している、
というのがこれまで、つまり永瀬戦以前の見解だった。

前例は既に先の永瀬戦のみとなっているが、
この局面はよく知られており、
森内竜王名人の棋書「矢倉の急所」に出ているらしいのだが、
棋譜コメによると佐藤康光九段が実戦の変化例で
この三段目に打つ飛車を指摘していたという。
2枚の自陣飛車の横利きで、薄い後手玉周りをカバーしつつ
間接的に先手陣をもにらむ。先手はと金を守るため
次に▲6三歩と打つのが筋であるため、
駒損(金と飛角の交換)というだけでなく歩切れが痛い。
先手は後手玉にあと一歩まで迫っているが、
まさにあと一歩がない。そういう局面。

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その見解に疑問の目を向けた、これが永瀬新手。
佐藤が指摘し、森内が棋書にまとめ、羽生が指した、
羽生世代の結論に、単身挑んだ永瀬六段の研究手だった。

渡辺王将もその手を採用。そしてここで封じ手となった。
▲6六桂打自体は、飛車の射線を緩和しつつ、
次に▲7四桂で歩切れの解消を狙いながら8二の飛車を取りに行く。
先手は一歩入れば3三に作った成桂が大きく、▲4二歩で寄り形となる。
よって永瀬-羽生戦では、後手は△4三金として成桂を消せる形に受けて、
それから後手が反撃に出たのだが、これが際どく詰まない。

羽生三冠は、その感想戦で△4三金では一直線に負けにしてしまった、
としていたので、この封じ手で手が変わる可能性が高い。

実は、控室の真田七段も1日目午前中の段階でこの局面まで並べていた。
その上で封じ手の本命とされていたのが△6九銀。

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2日目、封じ手開披で、はたして△6九銀。
この△6九銀は永瀬-羽生の感想戦で有力な変化手順とされていたもので
羽生三冠はその先の変化について
「形勢は難しいがこの順をやるしかなかった」と語っていた。

この感想戦の順のとおりに進むのかも焦点になる。

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2日目午前中は基本的に先感想戦の手順で進む(△6六銀不成で△6六銀成だった)。
後手から矢倉崩しに攻め込んで、馬を6九に突き付けてから
手順中に手に入れた金を3二に打っていったん受ける。
感想戦ではここで▲同成桂では△同玉▲6九金△6六飛▲6七銀△6一飛と固められて
後手陣に隙がなくなるため、後手指しやすい。ということで▲6九金と馬を取って
両陣仕切り直し、第二ラウンドとしてどうか、という感じだった。

が、渡辺王将はここで右図▲同成桂と反撃。
感想戦の検討手順のとおり△2二玉まで進むと先手指しにくいと思ったか。
中継ブログによると、控室でも先検討手順では後手持ちとみていた。
それを避けたということなのだろうが、ということは。

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やはり。先図から△同玉▲6九金△6六飛▲6七銀△6一飛。
先ほどあげた感想戦の変化手順で、羽生三冠が後手が指しやすいとみた局面だ。
駒割りは金銀と飛桂の交換でほぼ均衡しているが、先手は歩切れが続く。
それを解消するために設置した6六の桂はさきほどの△6六飛で取られており
当面は歩切れのまま攻めるしかない。

しかし、細い攻めをつなぐことに定評のある渡辺王将にとっては
それでもその局面の方が指しやすいと考えたのだろう。

気が付けば局面は、それぞれの大局観を問う形となっている。
まずは渡辺王将のターン。この状況でどう攻めをつなぐか。

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▲7二銀。いきなり銀のただ捨て。
「すごい手だね、これは」と田中寅彦九段が驚いた手。
狙いは△同飛に▲8三角で二枚の飛車を貫き、飛車を入手すること。
後手陣の周りは薄く、飛車を入手することは
それをカバーする横利きを消すとともに、玉周りに打ち込めればかなりの迫力だ。

その上でさらに右図、▲2三銀とさらに銀をただで捨てる。
△同玉に▲4二飛打のスペースを作るための手。
▲4二飛打とした状況では先手の手駒は金1枚。
しかし、飛車の利きが大きく、玉の可動域は見た目よりも少ない。
細いながらも捨て身の攻めで後手玉に迫る。

とはいえ、駒を切っての攻めは後手に選択肢を増やす。
後手が攻め切れるだけの状況となっていれば、
一気に勝負が決する怖さも併せ持つ。

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これを受けて、羽生三冠の反撃。4二の飛を△3三角で遠ざけてから
この△4五歩が先手玉を直射する絶対先手の王手。
△3三角は攻防の角打ちとなっていた。先手はやはり歩切れがたたっている。
持ち駒は金銀だが使いようによっては攻めが切れて負ける。
受け間違えても負ける。やはり厳しい局面のようだ。

一方、後手も手を渡せば7二竜による飛車桂取りが残っているうえに
飛車の横利きを生かした銀打ちの攻めが怖く、余裕のある局面ではない。
このターンで決めきることができるか。

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▲5五歩に後手は強く△5五角と出た。
控室、あるいはニコニコ生放送で解説を担当していた行方八段は
攻めきれることが読み切れていない場合は△5二銀と受ける手も有力視していた。
つまり、後手は攻め切れるとみたということだろう。

先手の手駒は金と銀。大方の予想は▲6六銀とはじく手。
しかし、渡辺王将はここで▲6六金。控室からはどよめきが起こったという。

▲6六銀打を予想していただけに「われわれの頭はどうかしちゃったのかね」と神谷七段。真田七段も「えー、まったく分からない」と驚く。▲6六金に驚いたのは、△6六同飛▲同銀△同角▲7七金に△8五桂▲6六金△7七銀と詰ましに行く筋もあるから。後手に金があるので先手は危なそうだと考えられていた。
棋譜コメより)

控室では
「▲6六金は後手に金を渡す受け。金を渡すと△8五桂から先手玉が詰みそうだ。」
という第一感だったことがわかる。
しかし、この棋士の感覚が、おそらくは勝負を分けることになった。

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△6六同飛▲同銀△同角▲7七金。検討通りに進んでこの局面。
「△8五桂で詰み筋」と言われた局面だ。
しかし、ここで羽生三冠が長考に沈む。

現地大盤解説会場では、
田中寅彦九段が「△8五桂で後手勝ち」と解説していたようだ。しかし――

16時25分ごろ、田中寅九段が大盤解説から戻ってきた。「なんで△8五桂と打たないの?」と尋ねる。神谷七段に「(先手玉は)詰まないんです」と言われて、「えっ!!!詰まないの??」と悲鳴を上げた。神谷七段に詰まない順を並べられて「驚いたねえ。信じられないよ」。
棋譜コメントより)

そう、先手玉は無数にある選択肢の中から、ただ一つの順で詰まない。
渡辺王将は、その唯一の順を見つけ出していた。
読み抜けがあれば、その瞬間に終わる恐怖のなか、唯一の光に手を伸ばしつかむ。
それが117手目▲6六金だった。

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先手玉が詰まないのであれば、後手は△5五角と引き、
何度目かになる再構成を試みる手もあった。そしてそれは有力だったようだ。

しかし、羽生三冠は終盤1時間の長考で△8五桂を断行した。
この手の後、先手が▲6六金と角を取ると後手玉に詰めろがかかる。
詰まし上げるか、それとも詰めろ逃れの詰めろをかけなければ先手が勝つ。
羽生三冠の心境は図ることはできない。
渡辺王将の見切りが勝っているか、
それとも一見思いつかないような魔術がそこにあるのか。

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焦点の局面。ここで▲同玉で詰みはない。
しかし、隘路に玉を上がることになるため、
棋士の多くが▲同玉の筋を見落とし、先手玉は詰むと錯覚していたようだ。
渡辺王将は▲同玉とする。そして。

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投了図。先手玉に詰みはなく、後手玉は受けなし。


第1局は、渡辺王将が不詰みを見切ってその局面に誘導し、
後手の苛烈な斬撃をかわして勝ちました。

感想戦で一番深くまで掘り下げられていたのは、
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やはりこの局面。ここで△5五角と謝っていれば組み立て直しとなるが
簡単にまとめると、局面がひと段落すれば駒得をしている後手が
いいということだったようです。
(もっとも、手順を見る限りではまだ相当難解なようですが)

このためもあって、△5五角とせず△8五桂としたことを
「大失着」とする評もちらほら見ましたが、私はその立場を取りません。

今回わかったのは、△5五角でまだ難解だということだけです。
振り返れば、今回の将棋は、
「そもそも後手よしとされた▲2五桂からの順」から
「変化例で後手よしとみられた△9三飛」の先の局面で
感想戦で「▲6六桂打に△6九銀打と踏み込んで後手よし」とされた将棋をもって
やはり先手が勝ったものでした。

難解だといっても実際には、
指してみないとわからない領域は、やはりあるのだと思います。
そして今回の将棋については、指している時点では
△8五桂に至るルートで先手・後手とも勝てるとみていた。
その局面を正確に見切ったのが渡辺王将だった、ということなのでしょう。

感想戦のコメントによると、勝負のアヤとなった▲6六金は
渡辺王将が「金を渡しても詰みはない」と見切ったうえで
その後の△5五角となった場合に銀を残していた方が優位と読んで、とのこと。

結果的に、それが後手からみて
「金を持ったので△8五桂から詰む」と錯覚させ、さらにそののちでは
「先手が銀を残したので△5五角としても先手が有望」と思わせたことになった。
そしてそれは、後手の形勢がよかったと思われていたから、
より大きな効果があった。そういうことなのだと思います。

△5五角は、その時点では双方がよしとは思っていなかった。
後は定跡の先の地平。次の局以降のテーマなのだと思います。
そしてそれはもしかしたら次の局で現れるかもしれませんし。

それよりかは、

真田七段は「死ぬほど怖い変化を前提で後手に金を渡すのはすごいです。どちらかの計算がおかしくなったはずです」という。王手がかかりすぎるほどの先手玉が詰まないなら、ものすごい見切りだ。
棋譜コメント)

行方尚史八段
難解な形勢が続きましたが、銀合いが普通のところで▲6六金(117手目)と打って、最後の王手ラッシュも不詰めを読みきった渡辺王将が素晴らしかったです

棋士たちのコメントのほうが公平に
この局の結果を見ているのではないかと思います。