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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




「雪の国立」の思い出。

昨日の夜、天気予報を見てたら
関東平野部でも雪が積もるでしょう」と。

「選手権決勝に雪とか、
 “雪の国立”じゃーん、なつかしー」

とか思ってたら、延期だったしね。

そんなわけで、せっかくだから
うろ覚えで振り返る「雪の国立」とか、
やってみようかと思います。


もう最初から言い訳しますが、
資料はあえてさかのぼりません。
記憶違いを楽しむ文章と思っていただきたく。


画像はスポルティーバから。

第76回選手権('97-'98)の決勝は、
記録的な大雪の中、高校三冠を狙う東福岡と
選手権7度目の優勝を狙う帝京との対決となりました。

時代背景的には、直前に日本代表が
ジョホールバルでワールドカップ初出場を勝ち取った時期。
右も左も猫も杓子もサッカーの話をしていた頃。

ヒガシは本山雅志、帝京は中田浩二
後に鹿島アントラーズワールドユース、日本代表で
ともにプレーすることになる2人の対決でした。

戦前の予想では、東福岡有利という声が多数。
アンカーの前に2列目を4枚並べ、
ツータッチパスからのサイド攻撃で全国を席巻した
志波システムを、帝京がどう止めるのか
といった話だったと思います。

ところが、ゲームが始まってみると
フィールドを覆った雪にパスが止まり
サイド突破もままならない東福岡に対して
帝京は東福岡シフトとして温めてきた
(たしか)4バックをぶつけ、
序盤を優位に運びます(うろ覚え)

その流れのままに、
帝京が前半、中田のクロスから先制。
しかし、直後に本山のパスから東福岡が追いつく。

本山は、ワールドユースや鹿島での活躍から
ドリブラーとしての印象が強いのですが、
選手権の時は2列目から流れながら
ラストパスを出すイメージが強かった。

試合はそのままハーフタイムに。
これもうろ覚えなんですが、
そのハーフタイムの間に、
両エンドのペナルティエリア内だけ
除雪したんじゃなかったっけか。
で、それが勝負のあやになった(気がします)

前半から、両チームは降雪のため、
中盤省略のターゲット当てを強いられました。
それを見越して、東福岡は後半から
本山をトップに上げて、ゴール前でのプレーを
増やそうと試みる。

ちょうど本山のプレーエリアは雪が少なくなり
効果的なプレーが期待できるところ、
後半早々に本山のパスから青柳が決めて逆転。

その後も東福岡が優勢に試合を進めて試合終了。
2−1で史上初の高校三冠を達成しました。

それまでも単一チームの国体制覇を含めて
三冠っていうのはあったのですが、
高校総体、全日本ユース、選手権の三冠は
その後もなかったのでは(調べてません)

雪が降ったこともあり、
ゲーム自体は極めて制限されたものになってしまったのですが
そんな状態であっても、決定的な仕事をした
中田浩二本山雅志の印象が強く残りました。

この二人は、その後、
トルシエが率いた99年ワールドユース
準優勝の原動力となり、ワールドカップ3連敗で
「世界は厳しいぜ」という気分が覆っていた
国内サッカーの雰囲気を一気に変えることとなります。

結果として名づけられた「黄金世代」というフレーズは
その後、光とともに様々な影も落とすことになるのですが
それはさておいて。

今ではちょっと雰囲気が違いますが、
あのころは選手権がそのまま世界につながっていた時代だったなと。

国立の決勝の先に、日本のサッカーの未来を見た気がした頃。
そういう意味で、「雪の国立」は外せない気がします。