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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




高橋秀人さんの新聞記事(上毛・1)。

蹴球

いまをときめく群馬の星、というわけで
今年は高橋秀人さんが元旦付の上毛新聞と朝日新聞群馬版に
大見出しで掲載されています。

ネット上に記事が見当たらないので
個人用メモとして登載します。

今年は代表で細貝萌高橋秀人の上州ボランチそろい踏みが
長い時間見られますように(-人-)

その1は上毛新聞(2013/1/1付)の29面掲載分。
最初に言っておくと、
まあ、記事としては朝日のほうがおもしろいんだ(えー)。


新年の誓い2013 今年に懸けるアスリート
サッカー日本代表、FC東京 高橋秀人(前橋商高出身)

 前橋商高出身の高橋秀人(FC東京)にとって、プロ3年目の昨シーズンはまさに飛躍の1年だった。4月の日本代表合宿に初召集されると、5月23日の国債親善試合キリン・チャレンジカップ、アゼルバイジャン戦で代表デビュー。11月14日にはワールドカップブラジル大会アジア最終予選B組第5戦・オマーン戦でW杯予選初出場を果たした。所属するFC東京でも存在感を高め、J1に返り咲いたチームのレギュラーに定着。今オフの欧州移籍のうわさが立つなど、海外からも注目を集めている。今、国内で最も旬なサッカー選手だ。

 FC東京の天皇杯初優勝で幕を開けた2012年。前年のJ2で32試合4得点と活躍し、J1復帰の原動力となった高橋だが、シーズン当初は周囲からの評価はそれほど高くなかった。開幕前は激しいポジション争いが待っていた。

 「ヒデ(高橋の愛称)はJ1では通用しないといわれていた。だから『こんちくしょう』と思って懸命に練習した。」

 シーズンの始まりを告げる3月3日の富士ゼロックス・スーパーカップ。前日の練習まではサブ組に甘んじていたが、試合にはスタメンで出場し、ボランチとして随所で好プレーを見せた。

 「負けたが、自分としては会心の出来だった。この試合をきっかけに、レギュラーに定着できた」

 その1週間後に開幕したJ1。FC東京は開幕3連勝と絶好のスタートを切った。高橋も開幕からスタメン出場を続けた。そして4月、成長著しい若手ボランチに、日本代表招集の知らせが届いた。

 「俺でいいのか、という感じ。自分より代表に近いはずの選手はもっといると思っていたので、自信を持って代表に入っていけない部分があった」

 戸惑いながら参加した代表合宿を経て、迎えた5月23日のアゼルバイジャン戦。後半開始とともにピッチに立ち、代表デビューを果たした。
 以後、代表に定着。11月14日のオマーン戦で後半ロスタイムに交代出場し、W杯予選も経験した。代表での経験を重ねるうちに、自然と不安な気持ちは消えていった。

 「選ばれたからには代表としてすべての責任を負ってプレーしなくてはいけない。そう踏ん切りがついた。高橋秀人という存在を出さないと呼ばれる意味はない。俺の力をどうやって代表の力に還元するかに集中するようになった」

 レベルの高い選手が集まる代表チーム。周囲との差を感じ、サッカーへの意識はさらに高まった。

 「すべての部分でレベルが違った。能力が一つも二つもかけ離れている。まだまだ自分の知らない景色があり、よい選手がたくさんいる。上を感じたことで、もっとやらなくちゃと思うようになった」

 中でも海外組のプレーが印象に残る。個の能力で高さを見せつけられた。代表で生き残るために、海外移籍の必要性を感じるようになった。

 「世界と戦う時に、日本の良さもあるが絶対的なウィークポイントもある。個の部分は日本では養えない。(海外で)やりたいというより、やらざるを得ない感じ。代表で活躍するには海外に行かないと、という気持ちがある」

その2(30面掲載分)は、こちら