二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦4回戦 羽生善治三冠-渡辺明竜王 静かなる魔術。

第72期順位戦【A級】【B1】【B2】【C1】【C2】

10/11はA級順位戦前半の山場、というか
今期順位戦最大のヤマとなるかもしれない「三冠対決」が組まれました。
渡辺竜王と羽生三冠。説明不要、現在最高のカードです。

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対戦成績もほぼ互角の両者ですが、
順位戦では羽生三冠が2勝。今期順位戦でも羽生三冠が
ただ一人3勝無敗なのに対し、渡辺竜王は2勝1敗。

渡辺竜王が名人戦に挑戦するためには、乗り越えなければならない壁。
裏を返せば、羽生三冠がここで勝てば一気に挑戦に近づきます。

昨期の対局同様、激戦が予想されましたが、
しかし、勝負は羽生三冠の「魔術」を挟んで意外なほどの大差となりました。


順位戦は先後事前決定で先手羽生三冠、後手渡辺竜王。
持ち時間は各6時間。

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本譜は横歩取り△8五飛4一玉型。
最近では、△8四飛5二玉型が流行っている(というか復権している)ので
若干(本当に若干)クラシカルな出だしとなった。
ただ、渡辺竜王は△8五飛4一玉を現在も結構指している。

渡辺竜王は、昨年まで後手番ではほとんど2手目△8四歩としていたが
2013年になってから、2手目△3四歩の採用率が高くなっている。
横歩取りに誘導しているのだが、ただ、なかなか戦果は出ていない。

一方、羽生王座は本年度、横歩取りがべらぼうに強い。
今までも勝率は高かったが、今年についてはまだ負けがないはず。
唯一の例外が、先日の王座戦第4局で千日手があっただけだった。

その二人の状況が明確に表出したのが、三冠対決となった
本年度棋聖戦だった。
4局中3局が横歩系の将棋(1局は相横歩取り)だったが
その全ての局を羽生棋聖が制している。

渡辺竜王があえて横歩に踏み込んでいくのだから、
何かしらの狙いがあるのだろう。
ただ、それは棋聖戦の時にも思ったが、
結局狙いが何かかはわからなかった。

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後手から先攻の急襲、連続の桂はね△6五桂で
いきなり角に飛び蹴りを喰らわす順を見せる。
ここで前例がなくなった。

実は、31手目▲4八銀までは前例が1局。
竜王戦1組・佐藤天彦七段-羽生善治三冠戦で、
羽生三冠が現在の竜王の側を持って指していた(後手勝ち)。

↑この対局ですね。
その上で、後手は更なる速攻を目指す。先の佐天-羽生戦では△5四歩だった。
この手からしばらくは、後手が積極的に攻める。

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角交換から△4四角打ち。
飛車を狙うとともに桂取りを防いでいる(▲6五歩とすると△9九角成が入る)。

飛車を2筋から逃すと、右図の△2八歩打が狙いの一手。
実は、ここまでも▲1六歩と突いている類似局面があるが
本譜はこの△2八歩が入った時に、桂馬が逃げられないという意味で
より厳しい攻めとなっている。ここまでは後手が主導権を握っているようにみえた。

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しかし、この何気なく指されたように見えた▲6四歩が第1の魔術。
羽生三冠はこの手に57分使った。△同歩では▲6三歩と叩いて△同銀に
▲7三角と飛車に当てる攻めが見える。手抜いても▲6三歩成から同じ攻め。

同じことになるのなら、ここで1九の香を拾って
攻めあったほうがいいとみて後手は手抜くのだが、
しかし、その一見棋理に沿ってみえる判断から
形勢は静かに、しかし確実に先手へと傾いていた。

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そして第2の魔術、▲6六桂打。
中原囲いの一部を担ってきた銀を浮き上がらせて更に追う。

この手自体は、むしろ級位者が思いつきそうな手で、
銀を追えるため調子がいいように思えるが、
△4五銀と手なりに飛車取りにあたってうまくいかない。
・・・と、有段者以上は考える局面。

事実、渡辺竜王もこの悪手っぽくみえる▲6六桂が読みになかったという。

まったく予想していなかったですね。△5四銀と上がった形が安定感があるのかと思っていて、▲5一角成と切ってくるような筋ばかり考えていたので。
感想戦コメント】

と、軽視していたことを認めた。

以下、△4五銀とするのだが、
先手が飛車を見捨てて▲6四歩成としてみると、
銀が上ずった結果、後手陣はほとんど崩されているような状態。

一方、後手は飛車を手に入れて8九あたりに打ち込んでも、
先手陣はまだ十分に固い。▲5八玉と逃げられないように、
後手は△6六桂などと打ち込みたいのだが、
それも「敵の打ちたいところに打て」、この手(▲6六桂)は防いでいる。
攻防の一手だったのだ。

凡手に見えて、魔術そのもの。

渡辺竜王も対局後、「以下はどうしようもなかった」と言っている。
実際に、これ以降は大差となった。

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6筋にと金を成り込んだ効果で歩を打てる。
全ての状況が先手に有利に働き出している。

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角打ちだが、攻撃ではなく▲6三とを払うための受けの手。
ここで受けの角を打つようでは、と、棋士室も「後手苦しい」との見立て。
以下、先手は自然な手を重ねて攻め寄るが、
後手は受け一方で攻めの形を見いだせない。

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やむなく、ここで後手投了。
後手玉は▲6一成銀を受ける手段なく、先手玉固く見込みなしで
投了もやむなし。


終局時間は21時53分。
双方とも1時間以上時間を残した決着でした。
これで羽生三冠は無傷の4連勝。渡辺竜王は2勝2敗。

羽生三冠が名人戦挑戦に向け、視界良好の快勝となりました。

感想戦では、▲6四歩のあたりを見ていたようです。

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この後に来る▲6六桂では、もう勝負が決まってしまっているので
後手はここで別の手が必要だった、とのこと。
具体的には△3五歩と飛車をいじめる手で
互角だったのではないか、とのことでした。

しかし、この手は後手が歩切れになる上、自ら角の利きをとめて
飛車を▲2六飛と角打ちの前の位置に戻してしまうことになるため、
この時点でその手がさせたかというと難しかったのではないか、との
感触も語られています。

「仮にこの時点で▲6六桂の厳しさが見えていれば
 △3五歩も深く考えたかもしれなかったですが」
とは、感想戦での竜王のコメント。

とにかくも▲6四歩、▲6六桂という、
6筋に放たれた二つの「魔術」が冴えました。

指された瞬間は、ありふれたように感じる手。
鬼手や強手のように関心を呼ぶこともない、ささやかな一着。
竜王でさえ、その手の静寂に、自らの危機を感じ取ることはできなかった。
ですが、気づけば形勢は反転し、棋理はすべて先手に味方している。

絶対静寂。
派手さはないが、派手さがないからこそ凄みがある。
これも十分羽生マジックのひとつなのでしょう。

「静かなる魔術」でした。