二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦3回戦 谷川浩司九段-屋敷伸之九段 対角線の虹。

第72期順位戦【A級】【B1】【B2】【C1】【C2】

対角線の虹というフレーズは、10年近く前に
私が星野伸之スローカーブを称して言ってた言葉で、
いま廃墟跡の記事を読み直すとさすがにやべえ。くどい。

「伸之」つながりで採用しましたが、
本稿では、谷川九段の▲1九角の方を意識しました。

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9月第2週は、A級順位戦3回戦消化週間となっており、
9/11は▲谷川-△屋敷戦が組まれていました。
この二人は、昨年のA級順位戦最終戦「一番長い日」で対戦し、
屋敷九段が谷川九段を破り、「谷川会長降級の危機」と
なってしまった因縁があります。

対戦成績では谷川九段が13勝4敗と大きく勝ち越しているが
ただA級順位戦では先手屋敷に2連敗中。

ちょうど先手後手が出たのでまとめておくと
屋敷九段はA級順位戦3期目ですが、
これまで先手必勝後手必敗を続けています。

一方、実は谷川九段もここ最近、先後の勝率が極端に偏っていて
本年度でいうと(達人戦も含めて)先手8勝1敗に対して後手1勝5敗。
後手の1勝は達人戦(森内名人戦)なので、公式戦は後手で連敗中。
しかも先手の1敗は順位戦(三浦九段戦)ということもあり
降級阻止のためにも先手番は落とすわけにいかない。

先手番となった谷川九段が一矢報いるか、
あるいは屋敷九段が後手必敗神話に終止符を打つか。
その対局は角換わりとなりました。


先後は事前決定で先手谷川、後手屋敷。
順位戦は持ち時間各6時間。

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本譜は手損のない正調角換わり。
谷川九段は、先手番ではここのところ横歩取りを指すことが多かったが
ここで角換わりを投入。この後の展開を見るに、
屋敷九段が受けてくるという読みもあったのかもしれない。

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相腰掛け銀。
先の電王戦タッグマッチで、
優勝した佐藤慎一四段がブログ

解説が森内名人、特別ゲストに谷川会長に来て頂いていて、角換わりやりたいなと思うのは自分としては必然だった。奨励会時代から両永世名人のタイトル戦の将棋で勉強してきた自分にとっては、やはり谷川先生と言えば角換わりで無敵を誇ったという思いがある。

と書くように、角換わり腰掛け銀といえば谷川九段。
▲2八角定跡で現代将棋(といっても30年近く前だそうですが)に
角換わり腰掛け銀を復活させたのが谷川浩司その人だった。

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定跡系から後の先を狙う1手パスの▲1八香。
陣形を乱さないように相手に手を渡す。
そこで相手が陣形を乱したら仕掛けるという手で
先手が指せるとされてきている。
最近では王座戦挑決がこの形(先手勝ち)。

で、糸谷さんが記載しておりますが
その▲1八香に対して後手の対策として
このところ有力視されているというのが△1二香。
同じく自陣に隙をみせないための一手パスの手なのだが
同時に機を見て穴熊に組み替えることを示唆して
先手に攻めを急かさせる狙いがある。

実はこの局面、屋敷九段は直近の公式戦(8/23王将戦二次予選)で
後手をもって指し、勝っている。相手は今をときめく中村太地六段。
本譜はこの後も、▲中村-△屋敷を下敷きに進む。
谷川九段は当然その対局を研究した上で角換わりを仕掛け、
一方屋敷九段は、自信があったから受けたのだろう。

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異彩を放つ▲1九角。
これも▲中村-△屋敷と同じ進行。

谷川九段が27年前の棋王戦挑決で放ち、
一時代を築いた▲2八角定跡と狙いは同じ。
先に▲2五桂と跳ねて銀を引き出しつつ、
▲4六角と出て後手の飛車に圧力をかけながら挟撃形を目指す。
かつ、角の利きで後手の△3七角を消す効果もある。

しかし、▲2八角は後手の対応策(郷田新手など)によって
先手の分が悪くなり、最近ではさほど指されなくなってきていた。

が、後述するが、▲1八香△1二香型の流行により、
▲2八角の亜流である▲1九角が
再び脚光を浴びる可能性が出てきている。

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ここで▲中村-△屋敷戦から離れた。同局では▲7四歩打と
後手の飛車に圧力をかけに行ったが、後手はそれを手抜いて
△2五銀→△6三銀からカウンターをかけて後手勝ちに持っていった。

本譜では先手は4筋を取り込んで
じっくりとした攻めを企図。先手は後手に比べて持ち歩が多く
角も好位置にあるため、穏やかな展開となれば
自然と優位が作れそうだ。
逆に言えば後手は先手の囲いを崩しているものの
持ち歩が1枚ではこれ以上の攻めを作るのが難しい。
よって手持ちの角を離して馬を作りたいが、そのためには
まず4六の角をどかすことが最低条件。

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このため、後手は△4七歩打▲同銀に△6二飛として
角を1九まで引かせ、角を追い払うことに成功した。
ここから後手は猛攻をしかける。
玉型は大差、攻めが繋がれば後手が優勢となる局面。

ただし、後手は歩切れになったうえに玉頭に利いていた居飛車
6筋に回すことになり、感想戦での屋敷九段いわく、すでに
「飛車を回るのでは、あまり自信がなかったです」
ということだったという。
そして戦場から引かせたはずの先手角は、
最後まで存在感を放つことになる。

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互いに攻めを撃ち合って、後手はここで急所への角打ち。
△6四桂の両取りが見えているだけに一見厳しく見えるが
この局面自体が▲3三桂成で得た銀を
7八に打ち込めば充分受かっているとみた先手の誘導だったらしい。
(そして実際にそのように進む)

時間の使い方を見る限り、
谷川九段はもうこの局面でほぼ読み切っていたようだ。

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後手の角を取り払ってこの局面。
先手の飛車は遊んでしまう形になったが、それは後手も同じ。
一方で、気がつくと先手の囲いは固くなり、
後手は不安定になっている。

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谷川九段が勝ちを意識したという、攻め合いの▲2五桂打。
後手は△7六桂などから先手玉に迫るが、
先手は▲7七玉と構わず戦場に近づくルートへ逃げる。
後手が玉に迫ろうと思っても、1九角の射線がそれを妨げる。

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最後は▲2五桂打、▲4五桂打の桂連打から
この▲4三金で即詰みに討ち取って、谷川九段が
今期順位戦初勝利。
投了図以下は、△2四玉▲3三角打△3五玉▲4六銀
△2六玉▲3七金まで。1九角が最後まで利きました。


終わってみれば糸谷六段が書いていた通り、
谷川九段の快勝譜となりました。
▲1九角から▲4六角と出て▲4四歩と取り込んだ展開は
おそらく中村-屋敷戦を下敷きにした研究手順だったのでしょう。

感想戦では、途中で後手に有力な変化手順があることを
谷川九段が示唆していたようですが、
少なくとも本譜では、▲4四歩とした時点で
かなり先手よしの局面だったということになります。

▲2八角定跡は廃れているにもかかわらず
その亜流である▲1九角が光彩を放ったのは、
後手が2八香型だったからだと思われます。

▲4六角となった際に、1一香型だと玉周りが広いため
1筋の端攻めがさほど厳しくないが、1二香型だと
玉が狭いため、角道を通すために上がっていた2五桂とあわせて
▲1五歩からの攻めが途端に厳しくなる。

また、本譜では後手玉が1一に入る事はありませんでしたが
仮に穴熊に組んだとすれば後に▲5五角の筋が残ることも大きい。
極めて現代的な穴熊の筋が出たことで、過去の筋とされた
▲2八角定跡が甦ったともいえるのかもしれません。

中村六段も谷川九段も、△2八香からの穴熊には
▲1九角が優秀だと判断し、採用したと思われるわけですが
そこは▲2八角定跡の本家、谷川九段の経験が生きた。

▲1九角が新たな定跡になっていくのかはわかりません。
が、20年の時を経て、過去の定跡が再び輝きを帯びるということに
やはり将棋の美しさを感じざるをえません。

何度も言っている気がしますが、
はー、将棋ってほんとすげー。