二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦3回戦 三浦弘行九段-羽生善治三冠 「鬼跡」の価値は。

第72期順位戦【A級】【B1】【B2】【C1】【C2】

ガーナ戦、見てません(´・ω・`)

9/9のモバイル中継局は、本局のほか、竜王戦挑決棋王戦T(佐藤康-糸谷)等
好カードぞろいだったのですが、大量の検索誤ヒットがあったので
(群馬県人として)こちらを優先します。

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A級順位戦は、3回戦が進行中。で、2勝0敗同士の対決。
すでに2勝していた行方八段が負けているため、本局の勝者が
名人戦挑戦争いの単独トップに躍り出ます。

先手は三浦九段。対羽生戦は、8勝26敗と大きく負け越しているものの
昨期は順位戦で唯一羽生三冠に土をつけている。

一方、羽生三冠は棋聖王位戦を危なげなく防制するなど、
夏季は快調そのものでしたが、9月に入って
王座戦第1局、(非公式戦ですが)達人戦決勝と後手番で連敗。
この後手番でどういう将棋になるのかが注目されました。

対局は三浦九段の新趣向から、中終盤にかけて大熱戦への予兆を感じさせましたが
しかし、勝負は一瞬。

まさに一太刀で決しました。


先手三浦九段、後手羽生三冠。
順位戦は持ち時間各6時間。

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本局は正調角換わり。
両者とも直近の公式戦で角換わり系の将棋を指している。
三浦九段は、9/5に阿久津七段相手に先手を持って勝ち。
羽生三冠は、9/4の王座戦第1局で中村太地六段相手に
一手損角換わりの後手を持って負け。
ともに先後同形を目指す定跡形ではなかったのが興味深い。
本局にどのような影響をもたらすだろうか。

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先後ともに腰掛銀を目指すが、先手は右銀を5六に腰掛ける前に
玉を早々に入場させる。この手順は。

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やはり穴熊。
三浦九段は、先の阿久津戦でも先手角換わりで穴熊を組み、勝っている。
今回はその研究を、羽生三冠にぶつけてきた。

穴熊は、角換わりの後手が待機策の隙を突いて組むことがある
(一例は今期竜王戦本戦トーナメントの羽生-森内戦)が、
先手が速攻で穴熊に向かうケースはほとんどなかった。
相互に角を手持ちとしているため、
手数がかかり駒が偏る穴熊は角打ちから馬を容易に作られてしまい、
筋が悪いというのがその理屈だったそう。

ただし、最近の研究では、
後手が腰掛銀をしてくることがわかっていれば
先手の権利として先に穴熊を作ってしまい、
馬は作らせても囲ってしまいますよ、という戦い方でも
充分勝負になるとみられているようだ。

このおおもととなる手順は、
船江五段が今年7月の順位戦C1で初投入、
斎藤慎太郎五段に勝っている。
水面下で研究が進んでいるのだろう。

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後手から仕掛けて先攻の角打ち。
飛車の射線と重なる8六の地点を睨みつつ
先手の飛車に間接的に圧力をかける。

後手は先手が駒を寄せて穴熊を暴力的に遠くされる前に
ある程度手をつないでゆく必要がある。
ただ、後手は現状持ち駒が歩一枚。攻めがつながるか。

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後手は持ち駒すべてを投じて馬を作りつつ
先手の飛車を封じ込める。8七に歩も垂らし、
攻めの拠点もつくった。とはいえ、持ち駒もなく
ここで先手に手を渡す。まだ形勢に差があるとは思えない。

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先手は▲6三銀不成と鋭く切りこんでから
飛金両取りの角打ち。後手の飛車が逃げたら
6三に馬を作ってから対角に切りこむ手が厳しい。
あるいは、1筋の飛車を活用し
質駒になっている銀を取りつつ馬をどかし、
それから銀打ちを絡めた攻撃も視野に入る。

ここで夕休、しばらくは先手の攻めが続くと思われていたのだが、
ここから羽生三冠が「奇なる棋跡」
――いや「鬼跡」というべきか――
字通り奇跡を起こす。

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まず、切り返しの△6九銀打。
▲7九金と引かせる。

棋譜コメには
「8八に利かせておけばそう簡単に詰めろはこない」とある。
しかし――

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鬼手、△8六飛。
△6九銀打からほとんどノータイムで飛車を突っ込む。

信じられるか。後手の駒台には桂歩しかない。
しかし、これでもう決まっている。

先手には△8八歩成~△8七桂がみえているため
▲同銀と飛車を取らざるを得ないが、
そこで△4七馬とされると金銀を浮かされた
先手はもう受けがほとんど利かない形だ。

先手は攻め合うにしても、その手段がない。
よって、自陣に飛車を打って懸命に粘るが。

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ほどなく。これが投了図。
投了図以下、▲8七歩には△5八成桂が詰めろで
受けても以下一手一手の寄り。


方や穴熊、後手も囲いが固く
夕休以降、双方の陣形を引っ掻きつつ駒を補充し力をためるなど
まだまだ中盤戦が続くものと思われていましたが、
その瞬間に勝負は決していました。

羽生三冠には別世界が見えていたとしか思えない。
形勢不明、揺蕩っていると認識していた局面は、
その一手で止した世界に姿を変える。別領域の刃。
すさまじいものをみました。


三浦九段は、特に悪手はないのに気が付けば敗勢となっていた。
感想戦では61手目▲3五歩が敗着とされていますが、
中盤と思って指していた仕掛けの手が急転、
ここで負けにされてしまうとは、
将棋というやつは本当に、なんというか、もう。
というかんじです。

これで羽生三冠は3勝0敗。
まだ早いと思いつつ、大きく挑戦に近づいたかのような
そんな印象すら持たせる「世界の見方を変える」1勝でした。