二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦2回戦 谷川浩司九段-三浦弘行八段 No Pawn, No Life。

【第72期A級順位戦 まとめ】

8/8、8/9は、本譜のほか、
王位戦第4局、A級屋敷-久保、
竜王戦決勝T郷田-佐藤康がそろい踏みで
なにそれ怖い。注目の対局が多すぎで捌ききらん。

いやー、時間がありません。
少しずつ手をつけていきましょう。

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8/8はA級順位戦2回戦が1局。▲谷川-△三浦戦。
このカードではどうしても「先手」がクローズアップされます。
対戦成績でいうと13勝13敗の指し分けなのですが、
うち先手は23勝。直近も先手が14連勝中で、
後手勝ちは8年前までさかのぼってしまう。

加えて、谷川九段は昨年夏頃から先手必勝・後手必敗のような状態。
1回戦で羽生三冠に敗れ、すでに1敗。
A級残留に向けて、先手番は落とせない。

一方、屋敷九段に勝って幸先のよいスタートを切った三浦八段にとっては
昨期逃した名人戦挑戦に向けて、先後うんぬんを言っている状況にはない。

順当にキープかそれとも8年ぶりのブレイクか。
そんな本譜は横歩取りになりました。


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横歩取り△8四飛相中住まい。
先手が青野流に組まない場合の最新流行系。
先手が金開き、後手が5二玉形の中原囲い。

谷川九段は7月の竜王戦決勝T、豊島七段戦でこの形を指して勝っている。
その時も書いたが、横歩の中では比較的穏やかな展開となるものの
角交換から一気に激しくなる可能性がある。

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ここで先の▲谷川-△豊島と別れを告げた。
豊島戦では、△2三銀だった。△4一玉も△2三銀も
後に表れる▲2一角の筋を消す狙いがある。

すなわち、▲1四歩△同歩▲1二歩△同香と端攻めから
角交換(▲3三角成△同桂)のあとの▲2一角打が金香両取りとなるため
これを防いでいるということ。
何気ない一手にも水面下では様々な筋をお互いに覗かせ
そして消し合っている。

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角交換が入って△2四歩と垂らしたところで飛車に当てる角打ち。
△8四飛型では、中段に角を打ちあう形が頻出するが
ここでは後手が先に角を手放した。先手が飛車を逃げる時間で
△8五飛として制空権を握ろうとする狙い。

さらに言えば、△8五飛ができれば、
先手に▲3四角と打たすことができるとの読みもあった。
先手はいずれ▲5六角打と筋違い角を打つのが
この戦型での勝負の胆だが、それを防ぐことができるというもの。

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エースパイロットを天王山に繰り出す。
後手の勢いがいいように見えて、先手も2~3筋に戦力を集中させている。
後手玉は4一玉形となっているから、
ここを突き破れれば後手陣に一気に火が付く。

局面はまだ均衡がとれた状態。
ここから飛び出していくのはどちらか。

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攻め合った時につかまりそうな角を早逃げ。
消極的のようだが、もともと5六の地点は先手角にとって好位置。
流れに沿って盤面全体に利かしたともいえる。
手を渡すものの、ここで後手は指す手が難しい。
三浦八段はここで夕休をはさんで1時間41分の長考。そして――

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じっと△2四歩。垂れ歩を取り去って手を渡す。
△5六同飛と飛車を切り△2五角と激しく踏み込む手も指摘されていたが
先手の動きを組み伏せられると判断したか。
大駒の働きでは後手だが、先手にも
▲1二歩など楽しみな筋は残っており形勢は難解。
難解だが、実際先手が手を渡されてみると、
攻めの拠点を作るためには歩を打つ攻めが必要で、
それで歩切れとなってしまうのは痛い。

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先手は馬を作って香を拾う。そして4六香打。
後手は馬を作られたが、「作らせた」というのが主張で
捕獲までは見えている。
後手の攻め手は、△7七歩成なのだが、
後手はこの手をこの先しばらく保留する。
その意図はにわかには見えなかったが、その判断は後で生きる。

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△7四飛自体には意味はない。一手パスのような手。
先手はこの次、▲4四香と角を取るのが筋だが
そこで△同飛とするわけで、1手かけて飛車を横に動かす必要はない。
「一手かけても角と香を交換してほしい」という一見不可解な手だった。

事実、この先▲4四香△同飛と進み、先手は角得。
棋士室の豊島七段は「後手としては大変では」とみていた。

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後手はなおも△7七歩成としない。
しかし、棋士室ではこの時までに後手の狙いが見えてきていた。
すなわち△7七歩成とすると、先手が1歩持つことになるが、
先手は歩が2枚あれば攻め合いになった時に
後手の飛車を食い止めることができるのだが、1歩ではそれができない。

具体的には、この局面から
▲4四歩△4二銀▲4三歩成△同銀▲4七金としたときに
△1六飛▲1七歩△2六飛で▲2七歩が打てず、受けきれないのだ。
三浦八段が香を盤面から消したかった理由もここにある。
角と刺し違えさしても急所の4筋で歩の代役をさせるわけにはいかない。

よって、先手は別ルートからの攻撃を仕掛けるのだが、
冴えた筋は見当たらず、「歩のない将棋」の格言が重くのしかかる。

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ここでついに△7七歩成。形勢ははっきり後手よしとなった。
先手は攻め合いに活路を見出そうとするが。

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この△4六桂打が激痛。
▲4七玉に△6九角打ではっきり後手勝ちとなり――

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ここで谷川九段が投了。
先手玉には必至がかかるが、後手に詰みはない。
106手目に角を犠牲に奪った香を
反転させて4六に打ちつけたのが大きな一手となりました。


感想戦では、もっぱら50手目△2四歩あたりを調べていたようです。

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図面は49手目。変えて△同飛▲同歩△2五角というのが
豊島七段指摘の筋で、後手の方が指しやすかったのではないかと。

結論から言えば、難解ではあるが後手がかなり有望、ということでした。
しかし、本譜より勝っていたかどうかは、わかりません。

少なくとも三浦八段は、あの局面では
ぎりぎりの激しい攻め合いに持っていくより
じっと手を渡して、相手に歩切れを強いて攻めさせたほうが
指しやすいと考えていたらしく、そして実際それで勝った。

この将棋でもそうでしたが、将棋の「正しさ」というのは
特に中盤では、無数の選択肢から「最善の一手」を選ぶものというより
その後出てくる局面でいかにその棋士にとって
指しやすい・受けやすい展開に持っていくか、
というのが大きいのではないかという気がします。

それを大局観というのだとすれば、
本譜では三浦八段のそれがわずかに上回っていた、
ということのように思います。