二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第26期竜王戦決勝T 郷田真隆九段-山崎隆之八段 未来視たちの予定調和。

【渡辺竜王による本戦展望】
【本戦参加棋士のコメント】

竜王戦左山の戦い。
8/6は、1組3位の郷田九段と同5位の山崎八段との対局。

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山崎さん、今日はこのめがねか。

郷田九段は今期、各棋戦で活躍しているのですが
棋聖戦王座戦と挑決で敗れ、A級順位戦も連敗スタートと
勝負所で星を落としている印象。
自身まだ挑決進出がない竜王戦で巻き返しを図る。

一方、山崎八段は、竜王戦との相性が良い方で、昨季は挑決まで進出。
今期も1組ランキング戦の初戦負けから勝ち上がり、
トーナメント初戦では永瀬六段を一蹴、一組対決まで持ってきました。
ここからは羽生世代との連戦、どこまで駆け上がれるか。

対局は、山崎八段独特の序盤からの仕掛けを
郷田九段が真正面から受け止めるという、棋風に沿った展開になりました。

【棋譜中継】特設サイト

振り駒の結果、先手は郷田九段、後手は山崎八段。

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矢倉の出だし。

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山崎流急戦矢倉を示す△5三銀。
山崎八段は、この10手目△5三銀を指し継いでおり、
9局指して6勝3敗と勝率も良い。

山崎八段は、後手番一手損角換わりを得意としていたが
最近では指しておらず、後手番では相掛かりや
角交換振り飛車を指すこともある中、
相手が矢倉の駒組みを見せるときは、
この急戦矢倉を指すことが多いようだ。

もっとも、矢倉と言っても後手側は
ほとんど矢倉に囲う以前に仕掛けを見せるため、
「矢倉対抗型」という感じ。
本譜も後手は左美濃含みだった。

ちなみに、この10手目△5三銀急戦矢倉は、
ここ2戦連敗している。相手はともに佐藤天彦七段で、
直近の負けは、こちらでも取り上げたNHK杯戦
この時は、先手が矢倉早囲いから穴熊、後手は左美濃に進んだ。

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後手は飛車を5筋に振って中央突破を目指す。
先手は玉を八段目から滑らせる早囲いの手順。

一般的に、「藤井矢倉」等の早囲いは急戦には指しづらい。
通常手順では、玉を九段目から入城させるところ、
早囲いでは、6八→7八(→8八)と八段目をスライドさせて
角の動きを1手節約するが、急戦の場合、
その玉形が不安定な間に6~8筋を狙われてしまうためだ。
以前取り上げた藤井-上村戦では、上村の急戦の構えに
藤井が早囲いを断念している。

他方、今回のように急戦と言っても中央突破が明白な場合には
6~8筋への攻撃が薄くなるため、早囲いは有望とみられており
先のNHK杯戦でも、佐天八段は早囲いからクマり、勝っている。

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本譜は22ヤマサキ。

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後手は角で5筋の歩交換。急戦策によくでてくる角出だ。
大駒が手順に活用できているのが後手の主張。

一方、後手は飛車先を突き越す。
現代矢倉では、先手は飛車先を保留したまま駒組みを進めるのが基本。
だが、先の藤井矢倉のように、早囲いの場合は、
「後手の囲いを躊躇させる」「急戦の矛先を分散させる」などの狙いにより
飛車先を突き越すことが多い。本譜もその一連の流れに従う。

後手は左美濃の含みも見せていたが、この突き越しを見て
飛車先交換を防ぐため3二銀と上がったため、
この時点で左美濃は組めなくなっている。
自らも郷田流急戦矢倉と呼ばれる形を持っている郷田九段にとって
急戦の急所は知り尽くしているだろう。

実際、この突き越しは、大きなポイントとなってゆく。

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先手は、先図面の5五角をターゲットにして攻撃態勢を整える。
後手は角を4四、6二と転回し、後手左辺をケアしながら攻めるポイントをうかがう。
単に5五から7三に引くのと比べると手損だが、
山崎八段は「それでも勝負になる」とみていたという。

10手目△5三銀から手損覚悟でダイナミックに角を転回したのが
NHK杯の将棋だった。その時は、その手損を咎めるため
佐天七段が早囲いから穴熊に組み、受けきって勝っているが
後手の作戦自体は成立していた。
本譜も、郷田九段が早囲いから手得を主張しているが
ここからの構想で後手が上回れば局面での手の損得は無効化も可能だ。

特に中央に力をためる後手には、△5五歩からの攻めが見えている。
どこでその楔を打ち込むか。そして先手はそれをどう受けるか。

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互いに攻防の準備に手を入れてから40手目。ここで△5五歩。
先手5六の銀に決断を促す。
▲6七銀と引けば、角桂を使った攻撃は一拍以上置かざるを得ず
持久戦になる。そうなれば、それこそ後手の手損は吹っ飛ぶ。

先手があえて手得を生かそうとするのならば、
攻めの手が必要だが、どうするか。
同銀は論外、▲4五銀とぶつける手では△6三銀と引かれて銀が詰む。
一方、銀取を手抜いてまで指したい手があるか、というと見えない。
ここは、▲6七銀と引く一手と思われた。しかし――

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郷田九段の決断は、▲4五銀。
銀を切ってでも攻めをつなげる、堂々たる踏込だった。
そしてこの一着が、結果として形勢を決定づける一手となった。

銀は助からないが、この銀を後手が取り込むまでに
△4四歩→△4五歩と2手かかる。
それまでに先手が暴れて後手玉周辺を乱せれば
局面が落ち着いてもリードできる、という大局観。

つまりこの瞬間、
後手は手損でも指せるとみて、先手は駒損でも指せるとみていた。
互いの大局観がぶつかり合い、きしむ音を立てる。

どちらの未来視が、盤面での決着を見通しているのか。

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先手は2筋の継歩攻めから△2二歩と利かせてから桂跳ね。
銀は取られたが、後手陣を乱しつつ、
桂で銀を取り返したため、駒割りは桂損で済ませた。

後手は桂得だが、歩切れの上、陣内は2筋と6筋が壁となっていて
脱出ルートを作るのにも難儀しそうだ。
先手の大局観が、後手の構想を凌駕しつつある。

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後手はなんとか攻め手を見せようと玉頭を引っ掻くが、
なかなか手がつながらない。。
一方先手は▲2三銀打と放り込む。俗手だが厳しい。
この後、後手は攻め合いに活路を見出そうとするが――

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先手は冷静に対応して、これが決め手となる銀打ちで、
山崎八段は時間を待たずにここで投了。
「厳しいとは思うが投了もやむなしなの?」とか思ったら、これが詰んでいる。
△同玉は▲2四角から9手詰。
△同飛には▲3二金として、△同飛とすると▲同竜以下で11手詰、
△同玉では、粘れるものの、25手詰となっているそうだ。
先後とも、先が見えている。郷田九段の先見に敬意を払って
素直に引いたようにみえた。


中盤まで、力戦調の難解な展開が続きましたが、
郷田九段らしい、駒損を厭わぬ踏込から先手が一気に駆け抜けた。
そんな感じでしょうか。まさに、肉を切らせて骨を断つ。

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山崎八段が悔やんでいたのは、40手目5五歩。
この手自体は、狙いの一着ではあったのだが、
「いつでも打てる、すぐ打つ必要はないと思っていた」そうで
具体的には34手目、△3一玉と囲いにいったところに代えて
△5五歩から銀を引かせ、持久戦をはっきり確定させてから
穴熊を目指せれば構想どおりだったといいます。
本譜では、その間に先手が着々と攻撃態勢を整えてしまったため
いざ△5五歩とした段階では、駒損を厭わない攻撃の圧力を止められず
作戦負けとなってしまった、と。

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ただ、本譜で△5五歩とした時点でも、仮に先手が▲6七銀としていれば
難解な中盤戦は続いていたわけで、そしてその可能性は極めて高かった。
やはり郷田九段の踏込が見事だったのだと思います。

これで郷田九段はトーナメント準決勝進出。
相手は1組優勝のスーパーシード、佐藤康光九段。
右山をすでに勝ち抜いている森内名人との挑決に
名乗りを上げるのはどちらか。

8/9、決戦は金曜日。