二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦2回戦 佐藤康光九段-羽生善治三冠 リミット60秒の近接戦闘。

【第72期A級順位戦 まとめ】

SWICHインタビューを見ながら作ったので、遅くなりました。
(すごく面白かったー)

7/27に行われたA級順位戦2回戦には、三冠2人が登場。
その一人、羽生三冠は佐藤康光九段との対局。

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奨励会同期の二人の対局は、本ブログで扱うのは初めてですが
実に公式戦だけで151戦目。
しかし、そこに対局への倦怠などはなく。

とめどない勝利への熱量は最後まで尽きず、
深夜に及ぶ、壮絶な大激戦となりました。


先手佐藤九段、後手羽生三冠。

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なんと、というか。
先手ながら角交換ダイレクト向かい飛車。
3月の「一番長い日」でもそうでしたが
「角交換は5筋を突くな」っていうのは
佐藤九段にとっては死文なのか。
先手ゴキ中をみせておいて飛車を8筋に振る。

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ともに角を再度設置して、先手は美濃囲いに。
後手は角交換の効果で壁銀となっていることから、
囲いは保留し、先手左辺の角飛車をターゲットに
△7四歩として攻撃の態勢を整える。

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角が目標にされると左辺が重くなりそうとみて
再度角交換する。しかし、後手は手順で壁銀を解消でき
先手はさらに手損。これをみて、後手は手得を飛車が向き合う
先手左辺の攻防に投資する戦略を立てることになる。

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具体的には、この9筋突き越し。
この手が左辺の攻防で後手が大きくリードするきっかけとなり
さらに言えば、ここから100以上手先の最終盤でも
利いてくることになった。

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後手はとりあえず矢倉を組む。先手は銀冠を目指すのだが
後手は、2度目の角交換から常に存在を意識させてきていた
筋違い角をここで打つ。先手は3六、7六を
同時に受けることはできない。
むろん、先手は玉頭を守るため
▲2七銀、▲3八金として銀冠を作るが、
一方で後手は端歩と角の連携で左辺を制圧してゆく。

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と金を成り込んで、後手が先手左辺をほぼ制圧。
この戦果を後手が主張、維持し続ければ
後手がリードを大きく広げて終盤戦に入れただろう。
しかし――

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佐藤九段がここで反撃。
先手は直前にさばいた桂馬を右辺へ。

左辺に見切りをつけて玉頭戦を挑む。
左サイドを制圧されたのは苦いが、
その対価として銀冠は作れた。

後手と異なり、角をまだ手持ちとしており、
玉頭戦なら勝負になりうる。
実際、ここの段階では形勢不明になっているという。

ここから玉を挟んだ狭いエリアで
桂香が飛び交う壮絶なCQB(=近接戦闘)が展開される。

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先手は端を交換して再度の桂打ち。
1筋が開けたことで、8九に封じられた飛車の大転換、
▲1九飛も視界に入った。先手が猛烈に追い上げている。

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桂香が両陣に連打される、文字通りの銃撃戦。
そんな中、先手は銃弾飛び交う戦場に玉を近づける。
こちらの方が安全だとはいえ、駒のラインがさらに交差。
濃度がどんどん上がっていく。

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激しい攻防の末、ここで双方一分将棋に突入。
それまでの残り時間僅少で早差しが続いていたが
さらにここから40手以上、攻防が続くことになる。
形勢は二転三転しているが、この時点では先手玉に詰みはなく
よって先手が攻め続けて必至をかければ先手が勝つ。

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先手が追い、後手が凌ぐ。そして焦点の局面へ。
この△2七歩成は詰めろだが、双方に錯覚があり、
結果形勢が大きく動く。
詳細は後述するとして、ざっくり言うと、佐藤九段は
直前まで受けきって勝ちと思っていたが、
その読み筋では負けることに気づき、
次手、▲4四角成で後手玉を寄せる方針に変更。

一方、羽生三冠は、次手▲4四香で負けだと思っていた
(実はそれも錯覚だった)ところ、別の手が跳んできたので
がぜん元気がでたということのようだ。
結果として、ここで羽生三冠が息を吹き返すことになる。

局面は双方、とうに一分将棋。わずか60秒の思考の中で
10時間以上かけて作られた形勢が大きく揺れ動く。

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後手玉に激しく迫る▲2二飛。
しかし、これが先手の敗着とのこと。
▲1二飛で先手の勝ちだったそうだ。
感想戦では、これ以降先手にチャンスはなかったらしい。
先手は後手玉の逃走を阻止できそうでできず、
一方、後手に駒を渡すので、先手玉には事実上必至がかかっている。

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先手は8九の飛車を使って必死に玉を追うが、かなわず。
ここで先手が投了。164手の大熱戦は、後手の羽生三冠が制しました。

後手は7~8筋に逃げるのですが
左辺制圧の際に作っていたと金が逃走を助ける形となり詰まない。

長い長い一分将棋の中、形勢が二転三転する大激戦でしたが
先手にも何度か勝ちがあったそうで、その最大のチャンスが
先ほど紹介した140手目の局面でした。

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棋譜コメによると、佐藤九段はこの局面、
後手を打ち歩詰めの筋に誘導できると思っていたが
その中で△2六桂を読み抜けしていたことに気づく。
これが入ると先手玉は詰んでしまうので、
急遽予定変更し、▲4四角成としたが詰まなかった。
(実際には▲2二飛の段で勝ちに持っていくルートがあるにはあったが)

一方で、羽生三冠は▲4四香で詰みがあり、負けると思っていたが
これは実際には詰まないらしい。

よってこの局面では、(控室にいた木村八段によると)
先手は後手玉を詰ましにいくのではなく、先手玉の詰めろを解除して
受け切れば勝ちだったという。
具体的には、△2六桂が入って詰んでしまうのなら、
後手玉を攻めながら、1四の桂(△2六桂の元)を断ってしまえば
先手勝ちだったとのことです。

しかし、この1分将棋の詰むや詰まざるやの局面で
そこで詰ますでも受けるでもなく、そこまで冷静な発想ができれば
それはそれで神の領域のように思います。

そこは、死力を尽くした人の領域でした。
終局間際までどちらが勝つかわからない151戦目。
そして、羽生三冠が勝った。それでいいと思いました。

もはや何度書いたかわからないですが、
凄まじい激戦だったと思います。