二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第26期竜王戦決勝T 羽生善治三冠-森内俊之名人 反撃のアイギス。

【渡辺竜王による本戦展望】
【本戦参加棋士のコメント】

第26期竜王戦では、永世名人資格保有者(+未来の名人?)が
固まる右ブロックを中心に紹介してきましたが
7/19、おそらくトーナメント中でも最大の注目カードがここに実現。

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勝てば挑戦者決定戦3番勝負への進出が決まる大一番で
羽生-森内が実現。対局自体は第71期名人戦以来となりますが
長時間の一日制となると、お互いにタイトルを持ち合っているために
もう本年度は最初で最後かもしれない。

先手を引いた羽生三冠は、名人戦で唯一勝利を得た
角換わりを志向。角換わりは、大抵の場合は先手の攻めが通るか、
後手が受け潰すかの勝負になり、
それはまさに棋風どおりのぶつかり合いとなったのですが
結論的には戦線が伸びきったところで反撃に出る、
受けの達人の指し回しが光りました。


棋譜は中継サイトに。

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本譜は正調角換わり。
さっきも少し書きましたが、両者は
直近では名人戦第3局で角換わりを指している。
その際は、村山新手から羽生三冠が圧倒。
シリーズ唯一の白星を挙げる。
本譜もその対局をなぞって進みます。

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相腰掛銀。角換わりの王道。
角を持ち合うため、打ち込まれる隙を作らぬよう
慎重に駒組みを進めることになる。

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ここで名人戦第3局の前例から離れた。
名人戦では△7四歩だった。
7筋を保留するのは、ざっくり言えば
6筋で戦いとなった時に、▲6四角打などとされて
飛車をかわす隙に馬を作られる筋を避ける意味がある。
もちろん、今年のA級1回戦郷田-行方戦のように
あえて△7四歩としておいて
先手から角を打たせ(馬を作らせ)封じ込める狙いもあるが
森内名人は今回、その可能性を消した。
本譜では後手の7筋の歩は一度も動かなかった。
その狙いは、後々明らかになる。

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後手は1手パスっぽく香を上がりつつ
穴熊をにおわせて先手の攻めを催促。
実際この2手後に後手玉は1一に収まり、
そして先手が▲4五歩から仕掛ける展開となる。

ちなみに、この形はモバイル中継局でもあった
今年5/8の竜王戦2組昇決▲西尾明六段-△佐藤紳哉六段と同一。
その時は穴熊攻防戦となり、猛攻をしのいだ後手が勝っている。

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この角打ちで先の西尾-元祖サトシン戦(▲同歩)からも離れた。
類似局面は、やはり今春4/11の王座戦本戦1回戦の
▲中村太地六段-△森下卓九段があり(その時は1九香型)、
攻め合いの展開となり、中村六段が飛車を切らせて角を打つという
終盤の鋭い攻めから、こちらは先手が勝った。
(やはりモバイル中継局。2局とも面白いのでぜひ観戦をば。)

2局の前例を上げたが、やはり仕掛けた以上、
先手は通せば勝ち、後手は守れば勝ち。
先手の攻めはつながっているか。

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2筋に香が向き合い、先手は角を切って踏み込む。
既に類似局面も離れている。
森内名人は、森下九段の選択(攻め合い)ではなく、
完全に受けきる方向を目指す。
そしてそれこそ、森内名人の森内名人たるゆえん。

もっとも先手は銀桂をうまく見せながら、飛車をさばければ
かなり破壊力のある攻撃になりそうだ。
どちらが読み勝っているのか。

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受けの好手とされた△2三金。
玉から遠ざかるようでいて、
不要に駒を渡すことなく受けの範囲を広げている。
これで▲1二銀打ちから鋭く迫った先手の攻めを緩和。

実はここが先手の攻めがつながるか否かの分岐点だったようで
先手はさらに踏み込む必要があったという。
本譜では金を追って立て直す▲1二銀不成としたが
これ以降先手の攻めは細くなってしまった。

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それでも先手は飛車を成り込ませ、
後手玉周りの守備駒をきれいに駆逐することに成功。
しかし駒台には桂と歩が1枚ずつで、すぐには寄りそうもない。
さりとて、先手の囲いは手つかず。
寄せる成算がない限り、攻めに転ずるのにも勇気がいる。
手番は森内名人。攻めるか受けるか。
夕食休憩の時間を使って森内名人が出した答えは。

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矢倉崩しの手筋、△8六桂をいきなり放り込む。
これは読み切ったか。

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こちらから。後手には角が2枚残っており
先手には手持ちに金がない。
これは、森内名人の「攻守の切り替え」が
読み勝っていたとみるべき局面。

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決め手はこの前の△3八角打。
それに導かれるようにして、居飛車が封印を解かれる。
大勢は決した。形作りの銀打を経て――

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角を並べて、ここで羽生三冠が投了。
先手の猛攻を的確に受けかわし、
そしてピンポイントのタイミングで反撃に転じた、
「これぞ森内名人」という見事な切り返しでした。

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終わってみれば、羽生三冠の攻め自体が
無理攻めだったようにみえてしまいますが、
ただ改めて1局を振り返ってみると、
森内名人の受けの周到さが見えてきて愕然とする。

例えば、森内名人は1一に潜って
先手に1~2筋の攻めを強いましたが、
熊はその後数手であっさり元来た道を返ってゆき
飛車が成り込んだ時点では初期配置(5一)まで戻っていました。
端に力をためすぎた先手は、なかなか玉を追えなかった。

そう考えると、なぜ後手が7筋を保留し続けてきたかが見えてくる。
穴熊で受け潰すつもりなら、後手の右辺に馬を作られても
さほど文句はないが、穴熊をおとりに使い、
かわすつもりならば、右辺の馬が残ると
挟撃形を作られる恐れがあるからです。

その上で、(検討室やソフトも含め)誰よりも早く
「受けきった、攻めきれる」と判断し、△8六桂と決断した。
そのことが凄いというか、おそらくこの展開自体を相当程度前の段階で
読んでいたとしか思えない。見事な切り返しでした。

これで、森内名人は挑戦者決定戦に進出決定。
名人戦における後手角換わりの借りも返して、
びっくりするほどの充実ぶりです。

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名人戦の時も思いましたが、
受けはもちろん、攻めに転じるタイミングがすさまじい。
最強の盾でありながら、それゆえに的確に反撃もできうる。
渡辺竜王が展望していたように
攻防に隙がなく、ちょっとやそっとでは
敗けるイメージがないです。

本譜だけでなく、名人自身が棋士として
反撃開始を宣言したような、そんな印象を持ちました。