第84期棋聖戦第4局 渡辺明竜王-羽生善治棋聖 図南鵬翼、竜王を制す。
史上初、三冠激突の第84期棋聖戦は第4局。
羽生棋聖の連勝スタートから、
渡辺竜王がすんでのところで踏みとどまって迎えた一局。
決着局はこれにしようと決めてた。
前回の角換わりから、戻って横歩取り。
竜王としては、勝つにしろ負けるにしろ
横歩でケリをつける必要を感じていたのかもしれません。
しかし、中盤以降は完全に羽生棋聖の世界。
投了図は、一葉の絵のようで、それでいて
はっきりと勝敗を描き出していた。
青野流でも相横歩でもなく、△8四飛の中住まい。
このタイミングで9筋を突いているのが後手の工夫で
さらに2手後には△9五歩と突き越す。
この突き越しが生きる展開になれば当然後手がよいわけなので
先手は端歩を手損にさせる展開を目指していきたい。
それは、実は第2局で竜王が羽生棋聖にされていたことだった。
相横歩から、竜王は9筋を伸ばして攻めを組み立てようとするが
結果として9筋は生きることなく、羽生棋聖の反撃をくらってしまった。
横歩は盤全体のバランスを取りながら指すし
玉を最初から左右に囲う形にはならないことから、
端が生きない展開は十分ありうる。
よって、渡辺竜王は、端を放置することで
逆にそれを咎めるという構想で手を進める。
後手の角交換から先手の飛車を狙いにくるところで
先手は飛車を元ポジに格納。刀をいったんおさめて自陣整備に努める。
後手の横歩の手得を端に投入した以上、
無理をしているのは後手の方。しっかり陣形を整えれば
自然に指す先手のほうが形が作れる。そういう見立てだろう。
ただ、終わった後で思えば
渡辺竜王は、このシリーズ。羽生棋聖の趣向を直接咎めず飛び込まず
局面を落ち着かせたうえで、「奇策」を払いのけようとしてきたが
それはことごとくうまく行かなかった。
棋風ということなのかもしれないけれど、
本局もやはり同じような展開をたどることになる。
後手は1筋も突き越す。5二の玉を中心に
「翼を広げたような陣形」と棋譜コメントにある。
感想戦で羽生棋聖は「それほど狙いがある手ではないのですが」と
コメントしているのだが、結果的にこれが後々
大きな差として現れる。
後手は1筋突き越しの勢いのまま端を攻める。
局面は△1七歩打に▲同香と応じたところ。
△1九角打の筋が見えるが、先手は馬を作らせても
それを目指して攻めたほうが味がよい、ということらしい。
しかし、それがどうやら先手の誤算だったようだ。
後手は馬を作って盤全体をにらむ。
先手はそれを目指して銀や桂を準備。
しかしここに飛車を回して先手の攻めを掣肘。
この後、▲4五歩と咎められるが△5四飛と
四段目を自由に行き来。
攻めては中央突破を狙い守っては4段目の横利きで
陣内への侵入を許さない。
気が付けば、1筋・9筋を突き越したことで
序盤△8四飛に構えた後手飛車の可動域はかなり自由だ。
一方、一度自陣内に引いた先手の飛車は、動きが取れないでいる。
玉形も後手の方が固い。
この時点でどうやら差はついてしまっていた。
よって、先手は急がず飛車の利きを生かしつつ
馬でじりじりと5筋からにじり寄る。
先手は2手かけて2七にいた飛車を5筋に回してぶつけますが。
先手の5筋反撃にも羽生棋聖は慌てず騒がず対応。
飛車を2四に退避させつつ、角を切る代わりに
この金打で銀桂を取りにいく。
さすがにこれをすんなり取られるようだと駒損が大きい。
先手は敵陣に角を打ち、左桂を跳ねて
焦点の5三になんとか数をかけたい。
しかし後手の金は既に銀桂を確保。
駒損がどうこういう段階ではないが、
この駒割りはさすがに厳しい。
そしてそこで入手した銀を角にぶつけながら
5三の守備に数を足す。先手は桂を突っ込ませてでも
無理矢理寄せに行かなければならない局面に追い込まれたが
後手玉の上部脱出を抑えることは、かなり至難に映る。
冷静に決め手。先手の駒の連携に対して
適切に数で受けて先手の攻めを中和していく。
最後は飛車が5筋に回って玉を守りつつ
先手の駒を機能停止に陥らせ、これが投了図。
やはり5三の玉を中心軸に左右に攻め手を広げる形を見せつけた、
大差の勝利となりました。「図南の翼」ですね。
鵬の大翼が竜を封じた、そんな印象です。
最後は飛車が回って決着しましたが
序盤以外は四段目を常にスイープし続け、
後手玉を守りつつ鋭い射線を先手陣に投げつけていた。
その自由な稼働を担保していたのが
早期に突き越された両端歩だったのかもしれません。
(実際には飛車は1・9筋には動いていませんけどね)
結局、序盤の端歩は、当初の狙いはともかくとして、
羽生棋聖に利したわけで、展開が味方したというより
そういう展開になっていった。凄いです。
史上初の三冠同士によるタイトル戦でしたが、
シリーズを通して羽生棋聖の強さが際立っていたように思います。
名人戦はいったいなんだったんだ、と言うばかりに
各局で意欲的な指し回し、趣向をみせては
大半の局面で優位を築き(第3局を除けば)そのまま押し切りました。
逆に竜王は、先述しましたが、
棋聖の趣向から距離を取ることで打開を図ろうとしましたが
その選択は、すでに羽生棋聖に気おされていた結果かもしれない。
4時間制では、距離を取って立て直すだけの
時間的余裕がなかったというのもあったかもしれません。
むろん、棋聖の領域に突っ込んで行って
成算があったかはわかりません。たぶん難しかったかもしれない。
そういう感覚が、実際にはとても大きいかもしれないので
何とも言えないのですが、せめて最終局まではみたかったな、
っていうのが率直な感想です。
もっとも、この二人の対戦は
これからも何度も見ることになるはず。
そのとき、この棋聖戦がどう影響するのかを
楽しみにしておきたいと思います。