第26期竜王戦決勝T 羽生善治三冠-小林裕士七段 ひらり斬撃を躱す。
竜王戦は、本戦の決勝トーナメントが開幕。
長いランキング戦、出場者決定トーナメントを経て、
渡辺竜王への挑戦権を目指す決勝はパラマストーナメント形式です。
その開幕カード(7/2)にいきなり羽生善治三冠が登場。
対するは、錚々たるメンバーの2組で
優勝を果たした関西所属の小林七段。
持ち時間5時間の棋戦は、
ちょうど最後まで追うことができてよいですねー。
4時間だと帰宅前に終わってることがあるし
6時間だと次の日が大変。
そんなわけで(?)竜王戦は好きな棋戦です。
先手を引いた羽生三冠は、現在の主戦である
(ゆえに名人戦では引かせてもらえなかった)
横歩取りを採用。
後手の小林七段がもっとも激しい変化に飛び込んで
序盤から大激戦になりました。
本譜は横歩取り。
先手は飛車を引かない青野流。
このまま飛角がにらみ合ったまま
▲3七桂と上がるなど積極的に攻める。
横歩は後手が“一歩損のかわりに一手得”というのが基本思想のため
8四飛や8五飛、それと玉形を組み合わせた戦型選択は
基本的に後手側にあります。青野流は、その数少ない例外で
先手から積極に動いて後手を縛ることができるので
現在形で流行しているとのこと。
もっとも、これには後手側に強い応手があり――
5二玉形から△7六飛と横歩を取る。
(タブレット)長岡五段が実戦に投入し、
ここまでの戦績は先手4勝・後手8勝と、後手が大きく勝ち越しています。
ただ、後手のうち3勝が先日の竜王戦ランキング戦で
羽生三冠に横歩の末敗れた
いやー凄かった。こちらが先手番の横歩取りでここまで上手く指されたのは人生で初めてだと思う。高難易度の局面での一手の疑問手で終わり。明らかに悪いながらも適切に粘ったつもりだったけど、最短の寄せだった。でも、やはり特に中盤が印象的。感動した。
— 佐藤 天彦 (@AMAHIKOSATOh) May 17, 2013
佐藤天彦七段というところに
若干のフラグを感じたり感じなかったり。
直前の△2六歩では、先手の1勝5敗と、さらに後手が優勢。
で、この▲3八銀が先手唯一の勝ちで
本戦にも出場している及川五段が
つい最近(6月)に指した最新形。
飛車交換から▲2四歩。
飛車換えの時点で前例は離れていますが、
この手が最後まで含みを持つことになった。
すぐに何かが起きるわけではないけれど、
後に▲2三歩成となった際に、同金とさせて
後手陣を乱す効果がある。
もっとも、この手で後手に手番を渡すわけだから
ここから後手の大きな反撃を覚悟しなければならない。
後手は、先手の「やってこい」に応じ最大戦力の攻め。
角交換から盤右下辺に飛車角を打ち込んで
局地戦を挑む。先手もこの後、9段目に飛車を打ちつけるなど
もはや討つか討たれるかの局面に。
天王山に切り返しとなる攻防の角打ち。
馬を作る以上に香取り確定が大きい。
▲2九香打から後手の飛車を詰ますことができる。
よって後手は攻め合うしかない。
ちなみに、ボナンザ先生によると、
この角打ちでそれまでほぼ互角の形勢だったのが
先手持ちに転じています。
飛車を取り切り、後手の第一波をしのいだ。
▲2三歩成や▲8六飛打など、先手の攻め手が見えているだけに
後手は第二波に取り掛かりたいが、決め手に欠けるか。
しかし、後手はここで自陣に手を入れる△8二歩打。
馬の利きを封じつつ、▲8六飛をけし、
△4六銀打の時間を作る勝負手。これに対し――
夕休を挟んでの羽生三冠の着手は▲4五桂。
一見すると桂のただ捨てだが、馬で取らせれば
急所から遠ざけ、後手の攻め(△4六銀や△3七金)を和らげ
余して受けることができるようになる。
さりとて、後手は玉頭に成り込もうとする桂を
放置するわけにはいかない。
やむを得ず同馬としますが、この手を境に
後手の攻撃は完全に見切られてしまった。
感想戦によると、この局面で△3七金と踏み込む手があったそうで
後手勝ちも含めて相当難解になるとのこと。
これ以降の局面も検討されたものの、後手に有望な変化はなかったようで
どうやらこのあたりがラストチャンスだったらしい。
左桂も跳ねて、先手優勢。
盤上の駒だけでも8一馬、6五桂、2四歩と
玉への包囲攻撃をうかがっており、
手駒の飛車で攻防どちらにも使える。
この後、後手は最後の猛攻を仕掛けますが。
受けながらにして華麗。
詰めろをかけながら後手の主力として稼働してきた馬を消す。
数を足す基本手順。後手はここで投了しました。
周囲に広い先手玉は寄らず、後手は左右から迫る火の手に見込みなしで
投了もやむなしでしょうか。
2四の歩は最後まで残り、存在感を発揮しました。
終わってみれば、後手の激しい斬撃をかわしきった
先手の見事な勝利でした。
後手にこれと言って悪手が見当たらないことから、
先手が的確に受け、切り返したということなのでしょう。
特に▲3八銀~▲2四歩が目を引きましたが、
中継室を訪れた長岡五段によると
これで先手がよくなれば、後手は青野流に対して△5二玉~△7六飛という指し方ができなくなるかもしれない
とみているようで、今後定跡化されるかもしれません。
ただ、羽生三冠が危なげなく勝ったようにみえて、対局後のコメントによると
(▲2四歩からの展開は)
こっちから変化できないうえに何かあったら終わりで危険だったかもしれません
と答えており、先手から主導権を握れたわけではないので
見た目以上に神経を使って
丁寧に応じたというのが本当のところかもしれません。
はぐれメタルも、それなりに苦労しているんだぜ・・・。と。
小林七段の踏み込みも、これで敗れたら仕方がないという
思い切りのよい仕掛けで、さわやかな印象を持ちました。
気迫の籠った攻めだったからこその、
切り返しの鮮やかな棋譜が作り上げられたのだと思います。
いずれにしても、羽生三冠はこれで準決勝に進出。
永世竜王に続く戦いの次戦は、森内名人-豊島か谷川の勝者で、
これもまた目が離せない戦いになりそうです。