二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第72期A級順位戦1回戦 久保利明九段-佐藤康光九段 鬼神の一手、世の理を変える。

【第72期A級順位戦 まとめ】

日曜日のひとときは例のアレですが、
今日はまだ録画を見ておりません
(というか今棋譜おこしながら見てる)ので、
6/20に行われたA級順位戦・▲久保-△佐藤戦を。

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この対局もものすごかったので
まとめておきたかった。
A級復帰戦の先手・久保九段が序盤に工夫を見せますが
これに対する佐藤九段の応手が苛烈過ぎました。


本譜は先手ゴキゲン中飛車・対抗形。

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先手は中飛車を示す5筋の突出しの前に
1筋を交換、9筋を突いたのが工夫のようで
△1四歩と突かせたことで、後手は先手ゴキ中の
有効な対抗形である居飛穴が組みづらくなった。

ちなみに1筋を交換しないと、突き越されて
先日の順位戦B1、橋本-丸山戦のように
対穴熊へ絵にかいたような端攻めをくらう可能性がある。

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よって、後手は急戦を目指す。
超速3七銀の後手版、「超速7三銀」形。
もっとも、序盤の駆け引きがあったため、
後手が急戦に組むには手数がかかっており、
先手の銀は中央突破を狙ってずんずん繰り出される構え。
このため、後手には何か迎撃策が求められる。そして――

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後手はもっとも苛烈な手段を採る。
TLも棋譜コメントも荒ぶる△5四歩。
中央突破を狙う先手に、あえて5筋の歩をぶつける。

何と表現したらいいのか。これが佐藤。これこそ佐藤というべき一着。相手が歩を突いてこようとしているところを、自らの歩で突き出していった。それにしてもこの中央からの仕掛けを考えられる棋士は、果たしてどれくらいいるのだろうか。
【26手目棋譜コメント】

サッカーで言うと、中央突破を狙う相手に
センターバックが上がって主導権を奪いに行くような手。
そして指されてみると、同歩では角交換から
△8七角打から馬を作られる展開となって後手不満なし。
同銀では、その瞬間に角頭を攻められると逃げ場が難しい。

本譜は、2時間35分の大長考を経て▲5四同銀と指されましたが
それまで好調に中央突破を狙っていた先手は、
完全に構想を崩され、ここから難解な中終盤へともつれこんでゆきます。

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先手は長考中に角を守る手を確認したうえで▲5四同銀に出たのでしょう、
飛車を浮いて7六の地点を守るとともに、歩を払ったうえで7筋に転回。
後手の角を先逃げさせて3一に封印するとともに
左辺からの突破に可能性を見出す。

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一方、後手は中央に張り出してきた銀に金をぶつけて交換し、
△8七に打ち込む。飛車角をどかせれば、
8二の居飛車に突破口が開ける。リズムは後手の様子。

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しかし、局面が落ち着くと、
後手は馬を作って駒得にはなったものの、
先手の玉形のほうが落ち着いて見える。
後手は、これは何囲いというのでしょうか。
検討室では、先手も十分指せるという声が出始める。
ただ、この時はそうは思えなかったが
後手の囲いには、想像以上の強度があった。

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後手はここで右桂を連続で跳ねる天使の跳躍。
先手の飛車や金をいじめにかかる。
こう飛車を遠ざけられると、先手の攻めが目に見えて遅い。
ここから攻め合いになるのですが、
検討室は「後手の一手勝ち」との見解。

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そしてこれが投了図。
攻め合ってみると、後手玉の周りの桂と角が
ことのほか受けに効いて難儀。
一方、先手玉は△3九銀から上図のように
3一に引きこもっていた角が△5三角!と出て
先手玉の逃走ルートをつぶす、最後の決め手となっています。

そんなわけで、佐藤康光九段が大激戦を制して
白星を上げました。やはり△5四歩の印象が強い。
序盤から続いた久保九段の構想・作戦を一着で葬り去ってしまった。

そのあとも久保九段が必死に粘って随分と形勢は揺れたはずですが、
歩の突出しで、盤面を完全に別世界に持って行ったという感じで
そこからはそれまでと全く別の将棋になりました。

結果論かもしれませんが、そういう展開になれば、
佐藤九段の方が勝てるような気がしたし、
事実勝ってしまった。特有の変な囲いも見れましたし、
終わってみれば「佐藤九段の世界」が広がっていた。

将棋とは、それぞれの「棋士の世界」の奪い合い。
改めて、すさまじい勝負だったと思います。